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"Fast Forward 2" by Lou Anders

Anthology Lou Anders

Fast Forward 2
Fast Forward 2
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Pyr
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2008年に出版されたオリジナルSFアンソロジーシリーズ"Fast Forward"の第2巻。今回は出版された当初からかなり評判がよく、2009年のフィリップ・K・ディック賞(優秀なペーパーバックに与えられる賞。たいてい候補作は長編)にノミネートされたほか、収録作の'True Names'がヒューゴー賞ノヴェラ部門、'Gambler'がヒューゴー賞ノヴェレット部門にノミネートされている。
世間の評価は喜ばしいことだけどひとまず置いておくとして、個人的には前作より個々の作品のクオリティはやや下がった感じがする。特にクレスやマコーリイといった大物作家の作品がひどい。書き下ろしなので編者にとってはほとんどバクチみたいなものかもしれないが…。その点、同じアンソロジーシリーズであるジョナサン・ストラーンの"Eclipse 2"の方がバランス的には数枚上手だったようだ(まだ全部読んでないけど)。
もちろん良い所も多々ある。特に今回は作家のバリエーションが豊かで、クリス・ナカシマ=ブラウン、ジェフ・カールスンなんてSFアンソロジーではなかなか見かけない面子が入ってきていることや、ベンジャミン・ローゼンバウム&コリイ・ドクトロウのような意外な組み合わせによる共作があって、このアンソロジーシリーズの挑戦的な姿勢を感じられて嬉しい。今後も攻めの編集方針で続けていってほしい。
唯一気がかりなのは2009年に"Fast Forward 3"の出版が予定されていないことか。アンダース自身の多忙に加えて、この不況の中でオリジナルアンソロジーを年1冊刊行するというのも大変なことなのだろうが、2010年以降も何とか続けていってほしいと切に願う。先の2作がヒューゴー賞を獲って、いくらか後押しになればいいのだが。

収録作

作品名 作者 評価 一言
Catherine Drew Paul Cornell ☆☆☆★ 改変歴史風スパイもの。スタイリッシュ。
Cyto Couture Kay Kenyon ☆☆☆ 服飾農園。
The Sun Also Explodes Chris Nakashima-Brown ☆☆ 近未来芸術家の退廃生活。これがアヴァン・ポップ?
The Kindness of Strangers Nancy Kress おせっかいな未来人。こんなん前回もあった…
Alone with an Inconvenient Companion Jack Skillingstead ☆☆☆ 孤独を埋め合う男と女。オチ以外記憶に残らない。
True Names Benjamin Rosenbaum & Cory Doctorow ☆☆☆☆ 遠未来ポストヒューマン闘争。割とすごい…のか?
Molly's Kids Jack McDevitt ☆★ 深宇宙探査船のダダこねAI。脱力の一言。
Adventure Paul McAuley 植民地惑星の平凡な一幕。人間どこも一緒。
Not Quite Alone in the Dream Quarter Mike Resnick & Pat Cadigan ☆☆☆ ドラッグSF。悪夢的なヴィジョン。
An Eligible Boy Ian McDonald ☆☆☆★ インド映画風コメディ。笑える。
SeniorSource Kristine Kathryn Rusch ☆☆★ 老人による宇宙業務受託企業。時流は踏まえている。
Mitigation Karl Schroeder & Tobias S. Buckell ☆☆☆ スバルバルから種子奪取。みんなエコ話が好き。
Long Eyes Jeff Carlson 宇宙船と接続した少女。今読むものじゃない。
The Gambler Paolo Bacigalupi ☆☆☆★ 変わりゆくメディアとジャーナリストの苦悩。SFなのか?

特に良かったもの紹介

  • 'Catherine Drew' by Paul Cornell

英国第4騎兵隊ジョナサン・ハミルトン大尉はとある貴族から、帝政ロシアが火星に軍を送りマリネリス峡谷で活動しているとの情報を得る。貴族からそのロシア軍の先導を務めた女性キャサリン・ドルーの暗殺の命を受けたハミルトンは、火星の農奴に意識を送り込み調査を開始する。

    • 19世紀の国際情勢と風俗のままテクノロジーだけ進歩を遂げた改変歴史未来の英国スパイもの。現在流行っているスチームパンク的なものの亜流と見ることもできるが、VRとか精神ハッキングといったSFガジェットをこの世界観に落とし込んでスタイリッシュに見せる手つきはかっこいい。絵面でいうと「リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン」をもうちょっとサイバーにした感じか。
    • ポール・コーネルはマルチな才能の作家で「ドクター・フー」などTVドラマの脚本、コミックの原作などを手がけているほか、SF長編も執筆しているという。SF短編はこれが初めてとなるが、先述したアンソロジー"Eclipse 2"にも寄稿していてなかなか華々しい短編デビューを飾っている。
  • 'True Names' by Benjamin Rosenbaum & Cory Doctorow

宇宙を二分する計算知性、ビービとデミウルゴス。両者とも物質を計算資源に変換して増殖するが、ビービは自分たちを取り込む能力のあるデミウルゴスを恐れていた。一方、ビービ内には下位の様々なアルゴリズムたちが住んでいる。フィルタ属のアロンソはある日、ストラテジー属で野心家のナディアにフィルタリング=結婚を強要される。フィルタ属は自分を通して新たなアルゴリズムを生み出せるが、その過程で自分も消滅してしまう。ナディアの邪悪な性格を後継者に継がせないために、友人たちの制止を振り切ってアロンソは結婚の申し出を受ける。

    • ほぼ同世代のギークSF作家2人(ローゼンバウムは70年生、ドクトロウは71年生)による遠未来ポストヒューマンSF。あらすじを書きながら自分でも何を言っているのか怪しくなったが、エミュレーションによって何重にも階層化する世界設定と、そういう世界で妙に人間臭く振る舞うアルゴリズムたちの物語が交わって、見た目ほど難解でない作品に仕上がっている。
    • しかも両作家の個性がくっきり見えていて面白い。既存作を読んでいれば、設定がローゼンバウムで人間(ポストヒューマン?)ドラマがドクトロウだとすぐ分かる。恥ずかしいくらいまっすぐな主人公たちがやがて世界を変えていくストーリーはいかにもドクトロウ。ドクトロウとチャールズ・ストロスの共作はあるけれど、ローゼンバウムとの共作はどこから話が出たのだろう?とにかくこれを入れたアンダースは偉い。
    • ところでタイトルがヴィンジの『マイクロチップの魔術師』の原題と同じなのは何かねらいがあるのだろうか。今のところまだ分かっていない。
  • 'An Eligible Boy' by Ian McDonald

21世紀半ばのインドでは中流層の増加と産み分け技術の進歩の結果、若い世代の男性数は女性の4倍。必然的に若い男性達は日々結婚相手探しに奔走していた。ジャスビーは負け戦を繰り返しながらもそこそこ優雅な独身生活を送っていたが、しびれを切らした両親が仲人を雇ったのを知って焦り出す。悪戦苦闘する彼にルームメイトのサジェイはメロドラマの俳優AIをプレゼントする。AIの指導のもと、ジャスビーはシャルカという娘と付き合い始めるが…。

    • 近未来インドの婚活奮闘記。毎回マクドナルドのインドものを挙げて芸がないが、いやこれは本当に笑える話である。人気メロドラマの俳優AIから男女交際を学ぶという筋からして笑えるが、このAIがまたインド映画のような濃ゆくてくどいキャラで、男女交際のイロハを格言のごとく主人公に叩き込むその一挙手一投足が面白い。またAIというガジェット1つとっても、ボリウッドでAIを使って映画制作という比較的未来予測っぽい部分とAIに占星術をさせてデートの日取りを決めるような土着的な部分が混在し、相変わらず猥雑で豊穣な小説世界が広がっている。この辺はもうマクドナルドの独壇場か。
    • マクドナルドの長編の舞台はインド、ブラジルとBRICs諸国を巡っているので次は中国かロシアか…。冗談はさておき、そろそろ"Brasyl"のスピンオフ短編も書いてほしい。
  • 'The Gambler' by Paolo Bacigalupi

クーデターの起きたラオスからアメリカへ脱出した青年オングは、大学卒業後、報道メディアで働く。記事のフィード化、購読デバイスの普及によって、メディアや記事の影響力はリアルタイムで可視化されるようになっていた。オングの書く環境問題の記事の人気は低く、上司からは購読数の早急な引き上げを命じられる。だが彼は人気稼ぎのための記事を書くことができない。見かねた同僚のマーティがある仕事を回してくれる。それは同郷のラオス出身の世界的女優、クラープのインタビューだった。

    • いつものバチガルピ作品の舞台である第三世界を離れ、先進国のマスメディアの中で孤軍奮闘する青年を描く。この作品の描くメディアの状況は2009年現在でほぼ実現していると思うが、その辺は作者の計算のうちだろう(実在の企業名とかバンバン出るし)。むしろそういう状況の中で、故国と父親の記憶のために麻痺することを許されずもがき続ける主人公の姿が印象的に映る。これまでのバチガルピ作品のナマの悲惨さから一歩引いたことで、作品が引き締まった感じ。ヒューゴー賞ノミネートも納得の力作。
    • しかしこの作品を気に入るほど、この作品と自分がSFに求めるものが全然重ならないのを感じる。まあでも、こういう視点の作品がSFのフィールドで書かれていることを喜ぶべきなのだろう(えらそう)。