スチームパンクをめぐる冒険(2)

はじめに

ごくごく個人的な見解だけど、00年代中盤から後半にかけてのSF/FTシーンの裏テーマだったのはスチームパンクだったのではないかと思っている。スチームパンクと言ってもあまり厳密な意味は指していない(そもそも厳密な意味があるのかという話だが)。日本で「スチームパンク」と言った場合、80年代に紹介された19世紀を舞台にした伝奇的要素を含むサイエンス・ファンタジイ、あるいは『ディファレンス・エンジン』のようなテクノロジー面に主眼を置いた改変歴史小説、はたまたH・G・ウェルズジュール・ヴェルヌといったSFの始祖たちが書いた空想科学小説あたりが想像されるのではないかと思うが、現在のスチームパンクはそれにとどまらず、先行する作品が提示してきたスチームパンクっぽいもの――それは主として19世紀欧米の時空間・文化・風俗・科学技術なのだけど――を自在に借用し改変しリミックスした小説群のことを指している。
その意味ではむしろスチームやパンクより19世紀こそ共通項と言ってしまいたい気もするが、ニュー・ウィアードに代表されるスチームパンク的な想像力を持ったダーク・ファンタジイの登場によって、必ずしもスチームパンク=改変歴史でなくていいという発想が広く浸透したのも00年代の特徴であり、したがって19世紀という現実の歴史を想像させる言葉は使いたくない…というわけでやはりここはあえてスチームパンクで通しておきたい。
なぜ現在そういったものがまとめて出てきたのかということはおいおい考えてみるとして、とりあえず具体的にどういった作品が出ていたかを確認してみよう。

ニュー・ウィアード

ニュー・ウィアードは今ひとつよく分からないジャンルだが、大雑把に言えば90年代から00年代にかけて増えてきたSF・ファンタジー・ホラーの要素が混在した作品のことを指すのだろう。SFマガジン2005年5月号の特集「ニュー・ウィアード・エイジ〜英国SFの新潮流」にはより限定的に「中世的なハイ・ファンタジイの常道に対し、ヴィクトリア朝や、産業革命以降の精神風土に焦点を当てたスチームパンクの発展系」(p.44)とある。そして先頃邦訳されたチャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』(2000)が筆頭に挙げられている。
もっともこの特集を見ていくと、スチームパンク的要素がニュー・ウィアードの必須条件というわけではないのが分かる。突出した代表作としての『ペルディード〜』の存在が、「スチームパンク的要素を持ち、都市を舞台にしたダーク・ファンタジイ」というイメージを強調しているのだろう。この特集ではスチームパンク的なアプローチの別の例としてヴィクトリア朝ファンタジイ的なスティーヴ・コケイン"Wanderers and Islanders"(2002)やイアン・R・マクラウド"The Light Ages"(2003)を紹介している。
この特集はイギリスにおけるニュー・ウィアードの展開だったが、もちろんアメリカにもニュー・ウィアード作品はある。編集者・作家のジェフ・ヴァンダーミアはアンソロジー"The New Weird"(2008)の中で、ミエヴィルのニュー・ウィアードにおける影響力は十分に評価しつつも、同時期のアメリカでの展開にも注意を払うべきだと主張している。そのヴァンダーミアが推薦するアメリカ版ニュー・ウィアードの中にもやはりスチームパンク的作品が含まれている。K・J・ビショップ"The Etched City"(2003)は都市型ダーク・ファンタジイ+ウェスタン。アラン・キャンベル"Scar Night"(2006)とフェリックス・ギルマン"Thunderer"(2008)は異世界ファンタジイにディケンズ風のドラマと筆致を持ち込んでいるとか。
上記以外にもニュー・ウィアードかつスチームパンクな作品は多々あるようだが、最近ではむしろスチームパンクの方が人口に膾炙してしまった感があり、エカテリーナ・セディア"The Alchemy Of Stone"(2008)なんかはニュー・ウィアードの文脈にあるとポール・ディ・フィリポも言っているが、Amazonに載っているレビューなんかではスチームパンクと見られているようだ。

ヤングアダルト

ヤングアダルト(以下YA)ないし児童文学も00年代に勢力を伸ばしたジャンルだったが、ここにもスチームパンクの影が見え隠れする。再びSFマガジンの特集「ニュー・ウィアード・エイジ」より引用すれば「児童文学の世界では……フィリップ・プルマンの≪ライラの冒険≫シリーズ(新潮文庫)以来、スチームパンク的ファンタジイが次々と登場している」そうである。ヴィジュアル的魅力や冒険プロット向きの世界観を考えると、スチームパンクとYAの食い合わせがいいのも当然かもしれない。代表作はもちろん星雲賞も取ったフィリップ・リーヴ『移動都市』(2001)のシリーズに『ラークライト』(2006)、クリス・ウッディング『魔物を狩る少年』(2001)、ケネス・オッペル『エアボーン』(2004)などか。ほとんど訳されているのがうらやましいというか妬ましいというか。そういえば、スティーブン・ハント『モリー・テンプラーと蒼穹の飛行艦』(2007)というのも訳されていたが、あれは私見ではミエヴィルのフォロワー作品であり(その意味ではニュー・ウィアードに近い)、いかにもボーイミーツガール的・YA的なあの表紙は誤解を招くのではないかと思う。
00年代後半になってもその勢いは衰えていない。つい先だってYA界の雄スコット・ウェスタ―フェルドが新作"Leviathan"(2009)でスチームパンクに手を染めたほか、巨匠オースン・スコット・カードスチームパンク物のYA3部作の契約を交わし、2011年ごろの出版を予定しているという。

SF/FT

SFレーベルから出版された一般的なSFにも個別の作品レベルではスチームパンク的なものが見られる。もちろんそれこそ『ディファレンス・エンジン』のような形でスチームパンクをSFとして扱う試みは昔からあったわけだが、00年代にはより多様な手法でスチームパンク的なものを取り込んでいる。
ジェイ・レイク"Mainspring"(2007)は自転や公転がゼンマイ仕掛けの地球を舞台にした改変歴史SF。SFと称しているが、いいとこサイエンス・ファンタジイだろう。カール・シュレイダー『太陽の中の太陽』(2006)シリーズは重力の弱い特異な世界を舞台に設定することで、物理的にスチームパンク的なガジェットや世界観を成立させている。ロバート・チャールズ・ウィルスン"Julian Comstock:A Story of 22nd-Century America"(2009)は現在の社会体制が崩壊して19世紀的な社会に退行している未来のアメリカを描く。アダム・ロバーツは19世紀文学の研究者だけあって元々スチームパンク的な志向はあったのだが、近作"Splinter"(2007)や"Swiftly:A Novel"(2008)はジュール・ヴェルヌジョナサン・スウィフトへのオマージュ的な作品になっている。アレステア・レナルズの最新作"Terminal World"(2009、未刊)はテクノロジー水準が混在している世界を舞台にして、やはりスチームパンク的な要素を含んでいるという。
さらに、2008年にはスチームパンクと銘打ったアンソロジーが2冊刊行された。これまたアン&ジェフ・ヴァンダーミア編"Steampunk"(2008)とニック・ジュヴェール編"Extraordinary Engines"(2008)である。前者は再録もの、後者は書き下ろしと方向性が違っていて、上手い商売をしている。
また、スチームパンクと正面から呼ぶのはためらわれるが、00年代に人気だったのが19世紀を舞台にした改変歴史ファンタジイ。その代表作がスザンナ・クラーク『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』(2004)とナオミ・ノヴィク『テメレア戦記』(2006)で、両者ともヒューゴー賞ノミネート(『ジョナサン〜』は受賞)というから、SF/FT界に与えたインパクトが察せられるだろう。

その他

ジャンルSF/FTの周辺でもそれらしい動きを追って行けばきりがない。ヴィクトリア朝を舞台にしたホラーではジョナサン・バーンズ"The Somnambulist: A Novel"(2007)やゴードン・ダルキスト"The Glass Books of the Dream Eaters"(2006)、パルプSFとウェスタンへの愛に溢れたジョー・R・ランズデール"Zeppelins West"(2001)と"Flaming London"(2006)などなど。ダン・シモンズの"Drood:A Novel"(2009)はディケンズの未完の遺作を題材にした歴史スリラーだし、19世紀文学を扱ったものと言えば例のジェーン・オースティンをゾンビとマッシュアップしたセス・グレアム=スミス"Pride and Prejudice and Zombies"(2009)がある。
大風呂敷を広げれば、トマス・ピンチョンの00年代最初の作品である"Against the Day"(2006)だって、山形浩生の書いたあらすじを読むかぎり、19世紀を舞台に伝奇ネタ・空想科学ネタを山と盛り込んだスチームパンクだ。
あと小説ではないが、現在人気のコミック"Girl Genius"(2005〜)はマッドサイエンティスト眼鏡っ子アガサ・ヘテロダインが飛行船で世界を駆けまわるという紛れもないスチームパンクである。本作はなにげに2009年のヒューゴー賞ベストグラフィックストーリー部門(今年から開始される)にノミネートされており、『ウオッチメン』以来のコミックでのヒューゴー賞受賞作がスチームパンクになるのではないかという熱い期待を集めている。