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"Extraordinary Engines" by Nick Gevers

2008年に出版された「スチームパンク」テーマのオリジナルSF/FTアンソロジー。そこそこ有名どころの、かついかにもこのテーマで書いてくれそうな作家陣のチョイスが憎い。内容は改変歴史あり、疑似科学あり、冒険あり、巨大メカありと期待を裏切らないが、一方で『ディファレンス・エンジン』や『ペルディード・ストリート・ステーション』のようなスチームパンク的世界観の持つ勢いで現実に切り込んでくるような作品は望むべくもなく、設定に萌えつつ気軽に楽しむアンソロジーになっている。

ところで先の記事でも言及したように、ここでのスチームパンクは広義のものを指しており、例えばスチームパンク風の異世界ファンタジイも含む。収録作12編のうち、マルリー・ユーマンズ、ジェフ・ヴァンダーミア、ジェイ・レイク、ジェフリー・フォードの4編は実際そういった作風になっている。作品の舞台ということでいえば、多くの収録作が19世紀ロンドンを舞台にしているなかで、オーストラリアの作家であるマーゴ・ラナガンが植民地時代のオーストラリアを扱っているあたり、スチームパンクが密かに抱えている地政学的な感覚が垣間見えて興味深い。

収録作

作品名 作者 ページ数 評価
Steampunch James Lovegrove 28p ☆☆☆
Static Marly Youmans 46p ☆☆
Speed, Speed the Cable Kage Baker 44p ☆☆☆
Elementals Ian R. MacLeod 50p ☆☆☆
Machine Maid Margo Lanagan 34p ☆☆☆
Lady Witherspoon's Solution James Morrow 44p 未読
Hannah Keith Brooke 20p ☆★
Petrolpunk Adam Roberts 56p ☆☆☆★
American Cheetah Robert Reed 40p ☆☆★
Fixing Hanover Jeff VanderMeer 24p ☆☆☆
The Lollygang Save the World on Accident Jay Lake 22p ☆☆★
The Dream of Reason Jeffrey Ford 19p ☆☆☆

特に良かったもの紹介

  • 'Steampunch' by James Lovegrove

赤い砂の流刑地である男が語り出す物語。かつてボクサーだった男は、自分の能力に限界を感じリングを去る。だが時はまさにメカ・ボクシングの誕生前夜だった。興行師と組んだ彼は真鍮の巨人スチームパンチを作り、トレーナーとして最強のメカ・ボクサーに鍛え上げる。スチームパンチは連戦連勝を続け、ブリテン中にその名を轟かせた。だがある悲劇的な事故と人間ボクシングの復権を掲げる貴族ジョン・ショルト・ダグラスの暗躍によってメカ・ボクシングは違法化されてしまう。

    • もうこのタイトル思い付いた時点で勝ち、というか絶対タイトルから全部ひねり出しただろうと思わずにはいられない。ヴィクトリア朝で巨大ロボットのボクシングという荒唐無稽をやらかしつつ、実在の人物なんか紛れ込ませたりして改変歴史的な目配りも怠らない。饒舌で回りくどい文章の調子といい、娯楽的スチームパンクのお手本のような作品。それ以上に付け加えることもまたないのだが…。
    • 著者のジェイムズ・ラヴグローヴはイギリスのSF作家で、風刺的な作風を得意とする。また言葉遊びが大好きで、地口・アナグラム・回文などを作品に取り入れている。本作のタイトルもその一環と言えないこともない。ヤングアダルト方面での著作もあり、ジェイ・エイモリー名義のシリーズは既に邦訳もあるが(『スカイシティの秘密』(創元推理文庫)等)、ラヴグローヴ名義での仕事についての言及はないようだ。訳者は著者のプロフィールをちゃんと詳細に書いてほしい。


'Machine Maid' by Margo Lanagan

オーストラリアに広大な地所を持つ財産家に嫁いだ主人公の女性。だが新居に着いて早々夫は長期に渡って出かけてしまい、おまけに使用人達が勝手に暇乞いをして出て行ってしまう。主人公は残された機械メイド・クラリッサを使って何とか切り盛りしていくが、そのうち実家では禁じられていた機械への興味が甦り、クラリッサを研究しはじめる。そんな折、偶然起動した動作からクラリッサに性具としての機能が備わっているのを知ってしまう。

    • スチームパンクとメイド、揃うべくして揃ったという感のある組み合わせだが、想像したのとちょっと、いやだいぶ違っていた。ド田舎に嫁いでしまったヴィクトリア朝的道徳教育を受けた子女が、電気メイドに隠されていたダッチワイフ機能を偶然発見してしまい、しかもこっそりそれを研究しては興奮するという変態風味ストーリー。ちなみにクラリッサには自律機能なんかあるわけもなく、音声コマンド式である。「クラリッサ:立て」「クラリッサ:前進、2歩」とかそんな感じ。ビッグオーかよ。
    • マーゴ・ラナガンはオーストラリアのSF/FT作家。もう邦訳もあるので詳しい紹介は省くが、とにかく変な話を書く作家という印象がある。その点、本作はテーマが決まっているせいか割と普通…普通で変態か。
  • 'Petrolpunk' by Adam Roberts

作家のアダム・ロバーツと編集氏は女王の記念式典見物の最中、発明家を名乗る謎の男チーチ卿と出会う。女王を狙ったテロの混乱を避けて地下通路に潜った一行は、そこでチーチが今は禁じられた石油の採掘を目論む危険人物だと知る。宮殿に侵入しようとするチーチを止めようとして、ロバーツは誤って彼を射殺してしまう。後日、女王の命を救ったことで宮殿で表彰されたロバーツはそこで死んだはずのチーチに出会う。何でも彼は24個ある別の現実の1つから来たと言うが…。

    • このアンソロジーはもう'Steampunch'とこれがあれば上下揃ってちょうどいいんじゃね…という気がしてきた。「石油の利用が禁じられた世界」という設定に基づいて地道に描くのかと思いきや、冒頭から語り手が作者と同名というメタフィクション的趣向がこらしてあったり、突然別の現実からそっくりさんがやってきたり、ヴィクトリア女王が実は…という英国王室いじりがあったりとやりたい放題(の割にはちゃんとオチがつく)。スラップスティックに加速する展開と微妙に脱力系の語り口がマッチして終始クスッとさせられる良作。
    • アダム・ロバーツはイギリスのSF作家。19世紀文学の研究者としての顔も持つ。かなり多作な作家で、近年は長編をコンスタントに出す一方でオリジナルアンソロジーなどの寄稿者としてもよく名前を見かけるが、実際に読んで面白いと思ったのは今回が初めてかもしれない。テーマが性に合うのだろうか。


'The Dream of Reason' by Jeffrey Ford

著名な光学師アマニタス・ペルールは2つの理論を持っていた。星々はダイヤモンドであり、物質は減速した光である。ならば星々の光を物質化するまで減速できたなら、それはダイヤになるのではないか?勢い込んで研究を始めたペルールだが、肝となる捕光器の実現に難航し、遂には奇行に走るようになる。だがある日、我に返り内観していた彼はようやく望んでいた物を見つける。持ち運びができて、かつ星の光を減速するほど広大なもの、それは人間の精神だった。

    • 自分の理論に取り憑かれた科学者の一代記にして、その一生を賭けて行った実験の顛末。最初にも述べたとおりスチームパンク風異世界ファンタジイであり、いかにも異世界っぽい地名とか物質名とか色々出てくるのだがそれはあくまで二次的な要素で、あらすじに書いたような我々の現実と明らかに違う論理が次第に展開していくさまがこの話の読みどころだと思う。趣味ではないので点数は高くないが、そうやって世界を幻想で組み立てていく手法はやはりフォード独特のもの。
    • ジェフリイ・フォードは長編の邦訳がそこそこあるが、短編も本作のように一つ一つ技をこらした代物なので、もっと紹介されるといいのでは。