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The Dervish House by Ian McDonald

Novel Ian McDonald

The Dervish House
The Dervish House
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Ian McDonald
Pyr
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 『火星夜想曲』はじめスタイリッシュな作風と大量のSFアイデアを巧みに織りまぜた野心的作品で知られる現代イギリスSFの重鎮、イアン・マクドナルド。最近長編の方は邦訳にめぐまれていないが、中短編についてはSFマガジンの英米SF賞受賞作特集などで折々に紹介されている。
 もともと世評の高い作家だったが、00年代にはいっそう円熟味を増したようだ。近未来のインドを舞台に神話とテクノロジーと人間の情やら業やらが入り乱れる大長編 River of Gods (2004)ではついにヒューゴー賞にノミネートされた。パイアというアメリカでの出版の足場ができたのもあってか、続く未来のブラジルを舞台にした長編 Brasyl (2007)や River of Gods のスピンオフ作品である短編たち(その後短編集 Cyberabad Days (2009)にまとめられた)も順調にヒューゴー・ネビュラ両賞をはじめ数々のノミネートや受賞に輝いている。
 ちょうどアンソロジーなどをぽろぽろ読み始めたころにマクドナルドのインドものに出会って以来、この作家はいつか長編を読まねばならないと心に決めつつも延び延びにしていたところ、今年出た最新作 The Dervish House が発売直後からあいかわらずの絶賛の嵐。ここに至り思いきって読み始めることにしたのだった。

あらすじ

 2027年、トルコは念願のEU加盟を果たし、イスタンブールは連合内最大の人口を擁する大都市として繁栄を遂げていた。一方、政情は不安定で連日テロの報道が続いていた。そして記録的な大熱波のさなか、ネジャティベイ通りの路面電車で犯人以外死傷者のいない奇妙な自爆テロが起きる。
 テロ現場に居あわせた青年ナジュデトは直後から精霊の姿を見るようになり、夢とも現ともつかない中でイスラームの緑の聖者フズルと出会い、過去の記憶と向き合うことになる。それは無気力・無感動な彼が自分の本性を次第に思い出していくことでもあった。
 心臓疾患のせいで大きな音を聞くとショック死してしまう少年カンは耳栓と無音の世界に飽きていた。うさ晴らしにおもちゃの遠隔操作ロボットで町を飛び回っていたところ偶然テロ現場に出くわし、それを監視していた謎のロボットを発見する。少年探偵の挑戦が始まる。
 カンの隣人で友人でもある元経済学者のゲオルギオスは新設のセキュリティ関連のシンクタンクに招聘され、彼を大学から追放した男と対決する。その一方、かつての恋人で革命の同志だった女性がイスタンブールに帰ってきたことを知り、過去に犯した罪に苦悩する。
 ゲオルギオスの下の階に住む美術商のアイーシャは伝説上の存在と考えられていたイスケンデルンの蜜漬けのミイラを捜し出す依頼を受ける。はじめは半信半疑だったアイーシャだが、調べを進めるうちにイスタンブールの歴史と建築に隠された暗号に引き込まれていく。
 アイーシャの婚約者アドナンはやり手の相場師だったが、さらなる勝負を求めて大手インフラ企業に所属する旧友たちと組み、供給の止まっているイラン方面のガスパイプラインに目を付ける。
 ビジネススクールを卒業しながらいまだ就活中のレイラ。テロで電車が遅れて面接を逃し悲嘆に暮れるところへ大叔母からナノテクベンチャー企業を始めたまたいとこがマーケッターを探していると聞いて飛び付く。実家のトマト農園から逃れるため、レイラは未知の新技術の売り込みに奔走する。
 六者六様の道はやがてイスタンブールの真の姿をあぶり出していく。

感想

 気が付けば現実もはや2010年。それを考えれば、この小説の舞台となる2027年も遠くない未来だが、それにしたって本書ではテクノロジーの進歩の描写がずいぶん控えめだ。それは前々作である River of Gods の過剰なガジェット描写(読んでいないが、同一世界を扱った短編から類推して)と比べるといっそう克明に感じる。内戦から宗教から家督争いから婚活から、とにかくあらゆる人間の営みにAIやロボットが関わってくる River of Gods にひきかえ、The Dervish House ではそういったハード面のテクノロジーはほとんど描写されない。かろうじてナノテクベンチャーの話が出てくるのだけど、それも登場人物の口から未来への展望が語られるだけで、作中の出来事に直接関わってくるものではない。必然、本書はいわゆる現代SFの風景――遠未来であれ近未来であれ、造語の飛び交うめまぐるしい世界とはだいぶ違った様子になってくる。むしろ、ガラタ橋の車道を車が埋めつくす通勤風景の描写なんかには、日本の高度経済成長期を思い起こさせるような不思議なノスタルジーさえ感じられる。

 こうしたテクノロジーに禁欲的な未来世界をマクドナルドが構想したのには、00年代の一つのムーブメントであるジェフ・ライマンらの「マンデーンSF」が関係しているのかもしれない。*1いずれにせよ、個人的にはガジェットの目くらましがなくなったことで、マクドナルドの現代SFに対する別のアプローチがよりはっきり見えてきたと思った。すなわち、複雑な現代に対応する重層的な世界観だ。

 本書は複数の主人公によるいわゆる群像劇で、これはマクドナルドが近作で好んで使っているけれど、今回は特にイスタンブールという一つの都市の中でストーリーが展開することで世界の重層性みたいなものを浮かび上がらせている。象徴的なのが、冒頭、すべての事件の始まりとなるテロ現場をコウノトリの視点から見下ろすシーンだ。「都市とコウノトリは重なり合った別の宇宙を生きていた。」(Pyr版ハードカバー、P.11)と本文にもあるけれど、本書の6人の主人公たちは同じ都市の空気を吸いながら各人まったく違った世界を生きていて、それぞれがまたストーリーが進むにつれイスタンブールの歴史や現在や未来につながっていく。*2

 一方でそうした各人の層を横断して小説全体を貫くものもあり、ストーリー上ではもちろん謎のテロ事件なわけだけど、もう一つテーマでいえば「経済(学)」というのがあると思う。登場人物の半分は経済学者、相場師、マーケッターとそっち方面のお仕事だし、経済学者のゲオルギオスが若かりしころナシーム・タレブ*3とおぼしき人物と論争して名を上げたなんて小ネタも入っている。マクドナルドくらい明敏な作家なら、全世界的に不況のなんのといわれ経済書がベストセラーになったりもする現在、SFでもこの面を無視できないと考えるのは自然だけど、他方経済(学)自体にひそむSFとしての可能性に気付いたのかもしれない。

 本書で一番絵的にSFっぽいシーンとしてアドナンの相場取引があるのだけど、そこではいくつも開いたウィンドウから世界各地のリアルタイム情報が絶え間なく流れ込み、トレーダー達はそれに反応して抽象化された物と金の流れを制御していく。いってしまえば今現在のそれと何も変わらないのだけど、個人的にはそこで本邦の飛浩隆「自生の夢」(『NOVA1』所収)のデータの遍在する未来の風景を思い出した。ネットが当たり前になった現代で、データと人間の感情が世界を循環するその感じを描こうとしたとき、経済というのは一つの切り取り方になるのではないか。また作中には実験的な量子経済学なんてのも一瞬出てくるけれど、数学的に抽象的に洗練された経済理論と人間の欲望やら感情やらが併存する経済(学)こそ21世紀のSFを描くうえで有効な手段になっていくのかもしれない……というようなことは既に新城カズマがいってそうな気がする。

 そういうわけで本書はいわゆるSF味は薄味ながらも、マクドナルド一流の未来世界を見せてくれる。これは他の作品に共通していえることだと思うが、あれだけ数々のSF的なコードやガジェットを使い倒しながらも、不思議と現代SFらしい一見さんお断り感は感じられない。格別入りやすいということはないが、どこか現実と地続きで、それでいて気付くと豊穣な物語の世界に取り囲まれている。その意味では(こういう言い方は好きではないけれど)非SF読者に薦める最初の1冊としてもありだと思う。

 さて、えんえん褒めちぎってきたが最後に少し不満を。この小説のなかでカン少年のパートだけはどうにもつまらなかった。9歳の少年から見た世界が狭いのは当たり前だし、子供の主人公は嫌いという私自身の好みの問題が9割9分という気もするが。心配なのはマクドナルドの次回作がヤングアダルト小説として予定されていることである。うーん、同じ水準で書かれていたら厳しいな……。

*1:もっともマクドナルドはどちらかというとマンデーンSFに否定的な立場をとっているようだ。http://ianmcdonald.livejournal.com/2378.htmlなど参照。

*2:なお、タイトルである The Dervish House とは主人公の大半が生活するムスリム修行僧の元道場だった古アパートのこと。隣に住んでいるのに全然交わらない生き方も世界の重層性がムニャムニャ……てか都会の暮らしってそんなものか。

*3:全世界的ベストセラーになった経済書『ブラック・スワン』の著者。そういえばブルース・スターリングにも"Black Swan"という同著を元ネタにした短編がある。