Absorption by John Meaney

Absorption: Ragnarok v. 1 (Ragnarock 1)

Absorption: Ragnarok v. 1 (Ragnarock 1)

 ジョン・ミーニイは1957年生まれのイギリスのSF作家。物理学と計算機科学の学位を修め、IT系コンサルタント業を営むかたわら小説を執筆している。また松濤館空手の有段者である。1990年代からインターゾーン誌に短編を寄稿しはじめ、98年に初長編 To Hold Infinity を出版し英国SF協会賞にノミネートされる。以降は短編を散発的に発表しながら、Paradox(2000), Context(2002), Resolution(2005) のスペースオペラ3部作、Bone Song(2007), Dark Blood(2008) のダーク・ファンタジイ2部作、そして今回の Absorption(2010) その他コンスタントに長編を書き続けている。
 ブラーブにスティーヴン・バクスターロバート・J・ソウヤーの名前があったりして、一般にはハードSFの人と思われているミーニイ。確かに物理学だのネットワークだのの用語が作品中にちょくちょく出てくるし、インターネット登場以降を意識した現代的な世界構築のセンスも感じられるけれど、ミーニイ作品の真の魅力はそういったハードSFの厳密さというよりはむしろ八方破れの闇鍋的世界観、月並みな言い方をすればワイドスクリーン・バロックの趣があるところだと思う。例えば先に挙げたスペースオペラ3部作などでも同時代のニュースペースオペラのようなポスト・サイバーパンク的路線とは一線を画した時空を往還するファンタジックできらびやかな未来世界を描いていた(と思うが実は最後まで読んでない)。
 そしてこの最新作 Absorption はそんなミーニイの色々な意味での集大成のようだ。遠未来のネットワーク社会から中世のバイキング部族まで時空を越えて複数の物語を展開させつつ、そこに銀河規模の闘いあり、歴史ドラマあり、ファーストコンタクトあり、魅力的な未来世界の描写あり、派手な格闘シーンあり、変な日本趣味ありと、この作家ならではの趣向が乱れうち。これは読まずにはいられない。

あらすじ

 27世紀、地球から遠く離れた惑星ファルゴーに住む少年ロジャー・ブラックストーンにはある秘密があった。彼とその両親はこの惑星の住民ではなく、フラクタル超空間を航海する能力を持った特殊能力者<操縦士>の一族だったのだ。密命を帯びた父のため、ロジャーもまた自分の正体を隠しながら生活する。大学に入ったロジャーは同じ教室のアリシャという少女に惹かれていくが、時を同じくして奇妙な夢を見始める。その夢の中で彼ははるか未来の地球の月で巨大な暗黒が銀河を飲み込むのを目の当たりにする……。一方そのころ、ファルゴーに密かな危機が迫っていた。テクノロジーによって知性を増強した<明智者>と呼ばれるファルゴーの上流階級の一人が、偶然から過去の殺人鬼を甦らせてしまう。ラファエル・ド・ラ・ヴェガという名のその殺人鬼は過去の復讐に燃えつつ再び活動を開始する。

 1920年代、ドイツ人留学生ガブリエラ・ヴォルフはチューリヒ工科大学に入学する。科学が長足の進歩を遂げるこの時代、同郷の天才科学者アインシュタインに憧れガブリエラは勉学に励むが、一方で奇妙な夢にうなされる。その夢の中で彼女は透明な体を持ち、暗黒と戦う戦士の一員として招集されている……。やがて大学を卒業するが、母国にはすでにファシズムの影が迫っていた。ユダヤ人であるガブリエラは両親の安否を気遣い、単身ベルリンに戻る。

 8世紀、スカンジナヴィア半島のとある部族の戦士ウルフルは呪術をかけられた同族の戦士を殺す。それは彼の思い人である部族の巫女の兄弟だった。いかな理由であれ同族を手にかけたウルフルは集落に残ることはできず、愛犬ブランドルとともに旅に出る。仲間に呪術をかけた張本人である隻眼の吟遊詩人を追う旅だった。その道すがら出会った他部族の巫女によって夢の世界に入り込んだウルフルは、未来から来たという不思議な仲間たちに出会う。

 22世紀、とある名もなき地球型惑星に着陸した調査員レッカ・チャンドーリは現地生物の調査を行う。熊に似たその生物は地球の中世程度の文明を築き上げていたが、それは肉体の損壊が価値基準になったおぞましい社会だった。そんな折、調査を続けるレッカの前に1匹の現地生物が現れる。コミュニケーションを確立したレッカとその生物――シャープは次第に心を通い合わせていく。

感想

 本作は「ラグナロク」3部作と題されたミーニイのスペースオペラ最新作の第1巻にあたる。シリーズのタイトルやあらすじからも察せられるように、北欧神話的なモチーフを随所に盛り込みミーニイの既存の作品より一回り大きなスケールで展開する野心作である。やっぱりラグナロクと題されているからには、時空を越えて登場人物達が集結して銀河や宇宙を賭けた最終決戦に挑むのだろうかドキドキといつになく厨二ハートを燃やしていたのだけど、1巻はまだまだ登場人物の顔見世といった感じだった。3巻で間に合うの?と思うくらいに……。

 物語は一応4つの時空で平行して展開していくのだけど、配分的にはほぼロジャーの物語+一部ガブリエラの物語をいった感じである。どうしてこんなに偏ってしまったかというと、ロジャーが中心人物だというのもあるが、舞台となる27世紀の未来世界をじっくり描き出すのにそれだけ必要だったということだろう。実は惑星ファルゴーはミーニイの第1長編 To Hold Infinity の舞台であり、その他未来世界の諸設定は長編 Paradox にはじまるスペースオペラ3部作のものと共通している。つまり本作はミーニイ流未来史の一幕でもあるのだ。

 相互のつながりがあまり見えてこない以上、個別のエピソードの感想になってしまうのだけど、まずロジャー編。やはり惑星ファルゴーでのネットワーク社会の描写が面白いということに尽きる。数百年先の別の惑星なのに現在のコンピュータやネットワーク用語が使われているというのも不思議な感じがするが*1、そこはSFということで流すとして、精神のコアを増設して知性を増強する人々や、彼らがネットワーク上で使う高速通信言語のプロトコルといったあたりには実にSFマインドをくすぐられる。一方ガブリエラ編は基本的に1920〜40年代の史実を忠実に辿りながら主人公の人生を描く歴史ドラマなのだけど、随所に当時の有名人やら最新の発明やらを登場させる遊び心が楽しい。*2

 今後気になるのはこれら複数のストーリーを結ぶ共通の敵の存在。まだいっこうに全容が見えてこないけれど*3、<闇>と呼ばれるその存在は本書を読むかぎりではそれぞれの時空で自分のエージェント的存在を操って主人公達の世界に干渉してきている。面白いのはそれが完全な操り人形ではないことで、ガブリエラ編の<闇>のエージェントとおぼしきドミトリというソ連工作員は最初ガブリエラと絡みがあったものの、途中から全然別の物語を展開し始め、ほとんどサブ主人公的扱いになっている(次巻では太平洋戦争前夜の日本に登場するらしい)。著者が一筋縄ではいかない複雑な群像劇を構想しているか、ノリで書いているかは不明である。

 そういった感じで本書は序幕としてはやや間延びした感があるが、あれこれ布石をビシビシ打っていることでもあるし、続刊も期待していきたい。次巻 Transition は2011年9月発売予定。

*1:これは以前読んだハヌ・ラジャニエミ The Quantum Thief でも思った

*2:一例を挙げればフロイトゲッベルス夫人、ヴァンデグラフ起電機にホレリスなどなど。

*3:といいながらAmazonで次巻のページを開いたら思いっきり製品紹介に書いてあったorz Transmission (Ragnarok 2): Amazon.co.uk: John Meaney, Jim Burns: 9780575085350: Books