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Engineering Infinity edited by Jonathan Strahan

Anthology Jonathan Strahan Hard SF

Engineering Infinity

Engineering Infinity

 基本的に長編の方が読みたいし読みたいものも溜まっているのだけど、このところシリーズ物の1巻ばかり読んでいたのと正月明けで少しダレ気味なので、珍しくアンソロジーでも読もうと思ったところ、折よく期待値の高いアンソロジーが発売された。英米で今もっとも絶好調なアンソロジスト、ジョナサン・ストラーン編のハードSFアンソロジー Engineering Infinity である。ストラーンについては経歴・賞歴をうんぬんするのも面倒なので、一言「英米版の大森望」といっておけば事足りるだろう。

 さてここで気になるのはテーマのハードSFである。ハードSFと一口にいっても想像するものは千差万別だと思うけれど、現在の英米圏SFでハードSFといって真っ先に出てくるのは英インターゾーン誌の編集者デイヴィッド・プリングルが提唱した「ラディカル・ハードSF」の流れだろう。最新の知見やテクノロジーをガンガン取り入れていこうというこの流れは稀代の天才グレッグ・イーガンを生んだりもしたけれど、ともすればその貪欲さに自分の足元をすくわれている感じがしなくもない。ナノテクや量子力学、最近ではシンギュラリティなどのガジェットはどんなに科学的に外挿したといっても魔法めいた感じがぬぐえない。(念の為付け加えておくと私はいずれのガジェットも可能性と魅力を感じているけれど、ただ「ハードSFとは違うよな……」と感じるという話。たぶんアナクロな読者なのだろう。)

 ストラーン先生はさすがにその辺のトレンド事情も小うるさい読者のことも考慮済みとみえて、序言で「純粋なハードSFからもう少し幅広いものへ方針転換した」旨を述べている。それが結果的に吉と出たか凶と出たかはこれから読んで確かめるわけだけど、ハードSFかどうかに関係なくストラーンのアンソロジーは毎度現代SFのショーケースともいうべき盤石の布陣を引いているので、期待はずれということはまずないだろう。

収録作

作品名 作者 評価 コメント
Malak Peter Watts ☆☆☆☆★ ロボット無人戦闘機もの。初っ端から超興奮させてくれる。
Watching the Music Dance Kristine Kathryn Rusch 音楽系インプラントと幼児教育の話。そういうテクノロジーがあるなら幼少の天才なんて意味なくね?
Laika's Ghost Karl Schroeder ☆☆☆★ 盗まれた準安定爆薬を追う原子力スペシャリスト。安定の面白さ。
The Invasion of Venus Stephen Baxter ☆☆☆ 太陽系に侵入した異星人の船が目指したのは金星だった。全体としては同工異曲だけど目先の変え方が新鮮。
The Server and the Dragon Hannu Rajaniemi ☆☆★ はるか別の銀河に播種されたサーバーはある日ドラゴンと出会う。孤独でナイーブなポストヒューマンの話は少し食傷気味。
Bit Rot Charles Stross ☆☆☆ 遠未来の恒星間宇宙船で起きた惨劇。なるほどハードSFだが……。
Creatures with Wings Kathleen Ann Goonan ☆☆ 妻を失い人生に絶望した男が禅の僧侶と地球を脱出し翼を持った生物と出会う。テーマを軽くスルーした感あり。宗教がかったところが嫌いだが文章には妙な迫力が。
Walls of Flesh, Bars of Bone Damien Broderick & Barbara Lamar - -
Mantis Robert Reed ??? スクリーンの中で現実と虚構が混じり合うとき生まれる独我論の罠。とかいってすみません、よく分かりませんでした。
Judgement Eve John C. Wright ☆☆ 明日終末を迎える退廃の都で青年は恋人を寝取った堕天使に立ち向かう。遺伝子だのナノテクだのいってもこの著者にかかるとゴシック劇の小道具になってしまうのだった。華麗なCGムービーを見ていると思えばまあ何とか。
A Soldier of the City David Moles ☆☆☆★ バビロニア神話とミリタリーハードSFの融合。後半けれん味が減って普通のミリタリーになってしまうのが惜しい。
Mercies Gregory Benford 余命いくばくもない老人が平行世界に行って有名な連続殺人鬼を殺害してまわる。今年で70歳のベンフォードがいまだ新作書き下ろししていること自体大変なものだが、内容はモニョモニョ。
The Ki-anna Gwyneth Jones ☆☆☆★ 食人文化のある惑星で消息を絶った双子の妹を追う主人公。よくできたSFミステリ。
The Birds and the Bees and the Gasoline Trees John Barnes ☆☆☆☆ 南極海に発生した巨大な藻類の謎とは。保守的ながらテーマへの取り組みと爽快さでは本アンソロジー中ピカ一。

注目作紹介

  • "Malak" by Peter Watts

無人戦闘機アズラエルに新たに組み込まれた「良心」。それは戦闘機のAIに付随的損害という概念を理解させ、非戦闘員への被害を抑えるためのものだった。だが新たに獲得した概念はアズラエルを「苦悩」させ、思いも寄らない進化を遂げさせる。

    • 昨年『ロボット兵士の戦争』が出版されたりNHKのドキュメンタリーで取り上げられたりで注目度の高いロボット兵器を持ってくるあたり、この作家のアンテナの感度は大したものだけど、内容はそれにもまして凄い。
    • 付随的被害という概念をAIに学習させるにあたっては当然工学的なプロセスを踏むわけだけど、それまでただのデータだった人間の属性が重み付けをされていく中でAIがあたかも煩悶したり、それを乗り越えるべく論理を組み替えていくさまが異様にスリリング。人間の関与しない物理的・工学的なプロセスを克明に描写するというのはハードSFの手法だけど、ワッツの手にかかるとどこかしらそれが熱を帯びてくる。この作家のハードSFは熱いのだ。
    • 一方で、表題に"Malak"(アラビア語の「天使」)とあるように、アラブやムスリムの天使の名を冠された戦闘機たちが大空を舞うイメージはこの徹底してハードな作品にほとんどファンタジックといっていい象徴性を与えている。
    • ようするに傑作。
  • "Laika's Ghost" by Karl Schroeder

原子力の専門家ゲナディ・マリアノフはIAEAから2つの依頼を受ける。1つはGoogleの懸賞に当選して火星探査機を操作した青年アンブローズの保護。もう1つは準安定爆薬の研究データを盗んだグループを追跡調査すること。アンブローズを連れたゲナディはカザフスタンに入り、調査のためソ連最大の核実験場を訪れるが……。

    • あの男が帰ってきた。シュレーダーが時々思い出したように書く原子力スペシャリスト、ゲナディ・マリアノフが主人公のシリーズである。現代を舞台にした冒険小説風のタッチでたいてい冷戦がらみ核がらみの珍兵器を相手に立ち回る。マリアノフものは他にもシュレーダーの短編集に2編収録されている。

The Engine of Recall

The Engine of Recall

    • ソ連の秘密兵器はさておき、この作品のハードSF的に光るところは準安定爆発物*1によって「核産業と核兵器が完全に分離されてしまう」というところかと思う。ハードSFというかむしろテクノスリラーの領域という気もするが。
    • その他、作中に出てくる「ソビエト連邦オンライン」という組織がなかなかツボだった。ケン・マクラウドの最新長編 Restoration Game でもオンライン上にかつて存在した旧共産圏の小国を甦らせるという設定があるけれど、共産主義という幽霊はいまやネットでも彷徨うしかないということだろうか。
  • "Bit Rot" by Charles Stross

ポストヒューマンの姉妹リリスとラマシュトゥは恒星間宇宙船の乗組員。ある日船はガンマ線バーストの直撃を受け、多くの乗員が頭脳中枢に損害を負う。幸い貯水槽にいて被害を免れたリリスだが、直後からみなの様子がおかしくなっていくことに気付く。

    • ストロスお得意のポストヒューマンものに今もっともホットなゾンビネタを接続した意欲作……のはずだが、小説としては別段何ということもない。
    • 天文現象とかポストヒューマンがゾンビ化するメカニズムとかの描写は情報豊かで読み応えがあるのだけど、それを本当に紋切型のストーリーにはめこんじゃうあたりがもにょらずにはいられない。
  • "A Soldier of the City" by David Moles

小惑星をくり抜いて作られたバビロニア都市国家群。女神グーラを祭る都市国家イシンはある日<放浪者>たちの攻撃を受け、女神は死亡する。神殿の戦士イシュは復讐を誓い、妻子を捨ててグーラの夫神ニヌルタの率いる遠征軍に加わる。

    • 遠未来に別の銀河系に居住する人々がなぜかバビロニア風の文化を持ち、神話の神々を奉じている。この文化や歴史のアマルガム感はこの世代の作家の持ち味なのかなと思う*2
    • 変化球ながら宇宙SFとしての重厚さも持ち合わせていて、収穫祭の日にマスドライバーで小麦や豆を打ち上げる(!)ところなど両者のセンスが交わったときが非常に面白い。それだけに後半普通のミリタリーSFになっていくのが寂しいが、これはこれで硬質な書きぶりでかっこいい。
  • "The Ki-anna" by Gwyneth Jones

パトリスは行方不明になった双子の妹を探しに火星へ行く。荒廃した火星の環境を回復する仕事に就いていた妹は、同地を支配する食人文化を持つ異星人キ族とアン族との友好を模索していた。パトリスは妹の残したメッセージを元に、現地の警備官であるキ=アナとアン族の居住地に赴くが……。

    • ジョーンズの長編 White Queen 三部作のスピンオフであるブオナロッティものと世界観を同じくする作品。他の作品は短編集 Buonarotti Quartet に納められている。
    • 基本的に人類とキ・アン族の文化観の違いをベースにした人類学的SFミステリだが、このシリーズの中では一番ストーリーが分かりやすく面白い。
  • "The Birds and the Bees and the Gasoline Trees" by John Barnes

南極海に軌道まで牽引した小惑星から鉄鉱石を落とすことで生物資源の多様化を図るプロジェクトから数年。南極海には藻類からなる巨大な層が生まれていた。レポーターのステファニーはプロジェクトの責任者である夫に付き添って南極海を訪れ、そこで研究を行っている夫の前妻でヒューマノイドのニコルにインタビューを行う。

    • アンソロジーの最後に持ってくるだけあって、見事にハードSFというテーマを踏まえた海洋SF。元ネタは例によってニーヴンのあれだったりして保守的な感じはするものの、主人公とヒューマノイドの女性間の友情をこまやかに書き出したり、複雑な設定や人間関係を構成の妙で少ないページにおさめたりして、古いネタでも作家の力量次第でまだまだ魅せられるなと思わされた。
    • 何より非常に爽快。

*1:これのことだろうか→電子励起爆薬

*2:アラン・デニーロ「ぼくたちのビザンティウム」などもちょっと想起した