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Lemistry edited by Ra Page & Magda Raczynska

Lemistry: A Celebration of the Work of Stanislaw Lem

Lemistry: A Celebration of the Work of Stanislaw Lem

2006年にこの世を去った東欧SFの巨匠、スタニスワフ・レム。「ロボット」「ピルクス」シリーズのようなユーモア溢れる作品から『ソラリス』『天の声・枯草熱』のようなシリアスな作品まで幅広い作風を書き分けながらその作品の根底にはテクノロジーが徹底的に変容させる人類の文明や認識、理解することもできない異質な存在などSFの本質に肉薄するテーマが常に横たわっていた。旧共産圏のみならず世界のSF史の中でも真の天才というべき数少ない存在だ。
そんなレムの業績を讃え、その作品の再評価をうながすために編まれたのがこのアンソロジー Lemistry:A Celebration of the Work of Stanislaw Lem(2011) である。内容としては未訳作品の英訳やレムを尊敬する現代の英米およびポーランドの作家たちによるトリビュート短編、現役の科学者たちによるレム作品の科学的考察など。面白いことにトリビュート作品にはプロパーのSF作家でない人々のほうが多い。単純に編者の人脈とも考えられるが、レムの知名度が意外と多方面にわたっているのだと考えるほうが楽しい。

収録作

レム作品の英訳
作品名 備考
The Lilo 邦訳なし?
Darkness and Mildew 「闇と黴」?(『すばらしきレムの世界2』収録)
Invasion from Aldebaran アルデバランからの侵略」?(『すばらしきレムの世界1』収録)
トリビュート作品
作品名 作者
Every Little Helps Frank Cottrell Boyce
Pied Piper Adam Roberts
The Melancholy Toby Litt
Toby Annie Clarkson
The Tale of Trurl and the Great TanGent Ian Watson
The 5-Sigma Certainty Trevor Hoyle
Snail Piotr Szulkin(英訳)
Less Than Kin, More Than Kind Brian Aldiss
Traces Remain Sarah Schofield
Stanlemian Wojciech Orlinski(英訳)
Terracotta Robot Adam Marek
Ex Libris Sean O'Brien
The Apocrypha of Lem Jacek Dukaj(英訳)
エッセイ
作品名 作者
Stanislaw Lem - Who's He? Andy Sawyer
On Insects and Armies Dr.Sarah Davies
Building Reliable Systems out of Unreliable Components Prof.Steve Furber
The Spontaneous Machine Prof.Hod Lipson

読んだ

突然現れた吸血鬼の群れになすすべなく追い詰められる人類。各国首脳はスペインの山中に住む「あの人物」に助けを求め、彼は1兆ドルとスペインの一部という報酬を条件に引き受けるとあっという間に吸血鬼を一掃してしまう。しかし戦後、首脳達は手のひらを返して、報酬をしぶり始める。

    • レム風の現代のおとぎ話……のつもりかと思ったが、全然レムっぽくない。普通にロバーツの短編といっていいのでは。「あの人物」が何者なのか分からないと読んだことにならない(そして分からない)。
  • "The Tale of Trurl and the Great TanGent" by Ian Watson

ロボット宙道士トルルが相談にやってきたサイバネ騎士の悩みを解決してやったところ、騎士は代わりに生きた笑気ガスに惑星を取られたタンジェント大王の話をする。トルルは相棒クラパウチュスとともにタンジェント大王のもとに駆けつけるが、大王は思った以上に邪な人物で……。

    • ご存じ「ロボット」シリーズのパスティーシュ作品。ポール・ディ・フィリポもやはり「ロボット」シリーズを書いているのだが*1、フィリポのがパロディ色が強いのに対し、こちらはやや折り目正しいパスティーシュという感じ。ただ、オチという意味では本家に今一歩及ばない。あとトルルってこんな熱血漢だっけ。
    • そういえば本作でもフィリポのでも、トルルとクラパウチュスがやたら巨大に描かれているのだけど原作もそうだったろうか。私は『宇宙創世記ロボットの旅』しか読んでないので、『ロボット物語』にそういう描写があるのかもしれない。
  • "The Apocrypha of Lem by Dan Tukagawa, J. B. Krupsky, and Aaron Orvits" reviewed by Jacek Dukaj

レムの死後、ハイデルベルグ大学、ウィーンとクラクフの学者による共同研究、そして日本のカツシマ工業によって作られた3体のレムのシミュレーション(ポストレム)が繰り広げる文芸的・法的闘争の顛末を描いた架空のノンフィクションの書評。

    • 『完全な真空』のスタイルと悪ノリ感をレム本人を巻き込んで再現したという、ある意味アイデア勝ちの作品。一つの作品がシミュレーションによって無数に改訂されることによって「非線形文芸研究」が生まれ、こうした作品に対抗するため作品をテクストではなく一つの波動関数と見る「フラクタル批評」が確立され……といういかにもレム的なくすぐりの数々に抱腹絶倒せずにはいられない。
    • 後半、話の中心が知的財産をめぐるようになると周囲の人間の思惑の話になってレムのシミュレーションが蚊帳の外になってしまうのがもったいない気もするが、短い作品なので無い物ねだりというものだろう。むしろあまり全編レム的で、作者の色が見えてこないのが難点といえば難点。
    • 作者のヤチェク・ドゥカイは現代ポーランドSFの俊英。妙に充実している英語版のWikipedia記事によると、イーガンが好きだとかハードSFを主に書いているとかあって、まったくポーランドSF侮りがたし。代表長編 Ice が2012年に英訳されると書いてあるので期待せずに待ちたい。

*1:アンソロジー We Think, Therefore We Are 収録の"The New Cyberiad"