私選00年代海外SF傑作選を編む(2)

ちなみに全体の流れとしては以下のようなものを考えている(区分はおおむね個人の脳内分類による)。

00年代の本格SF・宇宙SF→現代アメリカSFの主力作家→存在感薄めなイギリスSF作家→保守的なハード&ミリタリーSF作家→次世代の新人たち→(最近活躍の女性作家)

なお、予定はあくまで予定である。
まずさっそく取り上げたいのが00年代の本格SF・宇宙SFの書き手たちだ。先鋒は誰あろう、R・C・ウィルスンである。

ロバート・チャールズ・ウィルスン(1953〜)

00年代の代表作

ヒューゴー賞を受賞した『時間封鎖』をはじめ、ここ数年で長編が立て続けに邦訳されたことで既にその実力をご存じの方も多いかと思う(90年代から普通に邦訳あったじゃん……という苦情は聞こえなかったことにする)。地球が巨大な膜に包まれて時間の流れが遅くなるとか、巨大な像が未来から送り込まれて都市を破壊するとか、とにかく初っぱなからビッグ・アイデアをかましつつ、後は絶妙のストーリーテリングで読者を引き込むという、伝統芸ともいうべき完成された作風を持っている。ビッグ・アイデアから出発するアプローチといい、近未来を舞台にしているのにポスト・サイバーパンク風のごちゃごちゃした世界描写に禁欲的であるところといい、最近の賞候補に選ばれるような作家の中ではなかなか類を見ない。同郷のカナダ作家ソウヤーに近い感じもあるが、ウィルスンの方がアイデア面でもストーリー面でも一枚上手と思われる。
私はストロスとかマクドナルドとかああいうゴチャゴチャしたのが現代SFのスタンダードと思っているところがあって、自然そういうものばかり摂取するのだけど、ウィルスンの作品を読むとああオーソドックスなSFってこういうことだったかと毎度初心にかえったような気分になる。おふくろの味みたいなものだろうか。あと、単純に小説が読ませるというのもある。
一番手に選んだ理由は大体そんなところだけど、もう一つ付け加えるとすれば私がオリジナルアンソロジーをよく読んでいた00年代後半にはウィルスンがよく一番手に配されていた*1ので、何となく「ウィルスン=切り込み隊長的ポジション」というイメージがあるためである。

候補作

参考としてタイトル横に評価をつけておく(5点満点で☆は1点、★は0.5点)

  • "The Great Goodbye"(2000) ☆☆★
    • 科学雑誌ネイチャー2000年9/11号初出、ショートショート
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 18th収録
    • 人類がヒトのままでいる旧人類と強化や改造によって生物の制限を越えた新人類に分かたれた時代、新たな旅立ちを前にした祖父と孫の永遠の別れを描く。ありがちなネタだが、ショートショートなので特にいうこともなし。同じくネイチャーで新旧人類の話を書いたテッド・チャンの心ない「人類科学の進化」と比べると、ウィルスンのメロドラマ性がよくわかる。
  • "The Dryad's Wedding"(2000) ☆☆☆
    • マーティン・H・グリーンバーグほか編オリジナルアンソロジー Star Colonies(2000)初出、ノヴェレット
    • ハートウェル編Year's Best SF 6収録
    • 1999年の長編Biosの前日譚にあたる。遠い未来、人類は獰猛な自然の惑星イシスに植民している。19年前に災害で脳の大半を失った女性チェイアは再生した脳で第二の人生を始めたが、そこで前の人生の夫との再婚が持ち上がる。不安から森の中で過ごすことが多くなったチェイアはある日、自然が人間の言葉で語りかけてくるのを耳にし自分の正気を疑う。ホラーっぽい導入から例によってきれいにSF的に着地するが、やや平凡。Biosは未読なのだけど、大ネタを割っている気がする。
  • "Julian:A Christmas Story"(2006) ☆☆☆
    • 同名のチャップブック初出、ノヴェラ
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 18th、ストラーン編Best Short Novels 2007収録
    • 舞台は19世紀の文明レベルまで衰退し宗教教育が浸透した22世紀の北米。寒村に住む少年アダムの近所に同年代の貴族の少年が引っ越してくる。彼は現大統領の甥、ジュリアン・コムストックだった。二人は身分の差を超えてすぐ打ち解けるが、大統領は甥が自分の地位を脅かすのを恐れ徴兵で最前線に送り込もうとたくらむ。事前に察した二人はクリスマスの夜、雪の中を逃亡する。
    • 2009年の長編Julian Comstockの原型で、細かい改訂はなされているがほぼ序盤そのまま。長編の冒頭だけあって世界観は作り込まれているが、ストーリー的にはいい所で終わっている。この後ジュリアン君は色々あってラインハルト的孤高の覇道を突き進み、アダムはその観察者となる……はず。時ならぬスチームパンクブームの前夜だけに、すわウィルスンも転向かと思ったが、ローカスのインタビューでは以前から19世紀の小説に興味を持って調べていたと言っていた気がする(後でチェック)。
  • "The Carthesian Theater"(2006) ☆☆☆★
    • ルー・アンダーズ編オリジナルアンソロジーFutureshocks初出、ノヴェレット
    • ストラーン編The Best Science Fiction & Fantasy of the Year Vol.1、ホートン編Science Fiction:The Best of the Year 2007収録
    • 人口が激減し、世界経済をコンピュータとロボットによる労働で調整している未来。各都市には「施与街」と呼ばれるベーシック・インカムを保障する地域が作られていた。ある日、主人公に施与街に住む芸術家の活動を密かに援助してほしいという奇妙な依頼が舞い込む。その芸術家のアートは脳の状態を時間制限付きでコピーすることで動物の死を再現するというものだった。タイトルから予想されるような意識の本質をめぐる議論には踏み込まないものの、不気味でブラックな雰囲気を全編に漂わせた作品。2007年のスタージョン賞を受賞。
  • "Utrisque Cosmi"(2009) ☆☆☆☆
    • ドゾワ&ストラーン編オリジナルアンソロジーThe New Space Opera 2初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 27th、ストラーン編The Best Science Fiction & Fantasy of the Year Vol.4
    • ある日、地球は崩壊した。崩壊の寸前、少女カーロッタは集合知性である「艦隊」に吸収され、地球を滅ぼした敵と「艦隊」の永劫の闘争に巻き込まれる。そしてその果てにたどり着いた宇宙と時間の極点から出発を決意したあの日の小さな出来事を思い返す。
    • アップロード知性など最近の宇宙SFガジェットを取り入れたバクスターばりの壮大なスケールの物語を展開しつつ、そこにすべての始まりとなった少女のごく個人的な決意の瞬間をカットバックで挿入する。こういうマクロとミクロの切り取り方がウィルスンの真骨頂じゃないかと思わせる良作。個人的にこういう話には弱い。
  • "This Peaceable Land;or, the Unbearable Vision of Harriet Beecher Stowe"(2009) ☆☆☆☆
    • ニック・ゲヴァーズ&ジェイ・レイク編オリジナルアンソロジーOther Earths初出、ノヴェレット
    • ハートウェル&クレーマー編Year's Best SF 15、ホートン編The Year's Best Science Fiction & Fantasy:2010収録
    • 19世紀半ばのアメリカ。写真家の主人公は友人である黒人ジャーナリストのパーシーとともに、消えた黒人奴隷たちの消息を追って南部の僻地にある「自由の宿舎」ことピルガッシ・エーカーに潜入する。しかしそこで見たのは、無人の荒れ果てた村だった。
    • 改変歴史小説のアンソロジーに収録された短編で、南北戦争のなかったアメリカを描いている。奴隷制を事実上無効化したのは、戦争ではなく改良された農法と北部や欧州の経済制裁だった。だが制度は意味を失っても奴隷は残り、やがてよりおぞましい結末を生む。架空戦記だけが改変歴史ではないというアンソロジーの趣旨にクレバーに回答した、苦く重い短編。先述のJulian Comstock執筆のために調査した19世紀アメリカの状況が存分に発揮されている。
結論

上記の結果をふまえて、比較的近作の"Utrisque Cosmi"か"This Peaceable Land"が最終候補で、個人的には"Utrisque Cosmi"をとりあえず推しておきたい。

*1:収録アンソロジーを挙げればFast Forward 1(2007)、The New Space Opera 2(2009)、Other Earths(2009)など