私選00年代海外SF傑作選を編む(4)
今回は00年代でもっとも精力的だったイギリスのハードSF作家たち、その代表格であるチャールズ・ストロスを取り上げたい。
チャールズ・ストロス(1964〜)
00年代の代表作
- シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)(2003)
- アイアン・サンライズ (ハヤカワ文庫SF)(2004)
- 残虐行為記録保管所 (海外SFノヴェルズ)(2004)
- アッチェレランド (海外SFノヴェルズ)(2005)
- Glasshouse(2006)
- The Jennifer Morgue (A Laundry Files Novel)(2006)
- Halting State (Ace Science Fiction)(2007)
- Saturn's Children(2008)
最近邦訳の勢いが鈍っているとはいえ、主たる長編が邦訳され、短編も何かにつけSFマガジンで訳載され、コンベンションのゲストにも招かれ……といったことで、00年代のSF読者であればその名前を聞いたことがあるだろう(あってほしい)チャールズ・ストロス。英米でも安定した人気を誇り、上記に挙げた作品の多くがヒューゴー賞にノミネートされている。またSF作家の中でもかなりの速筆の部類に入り、上記作品の他にもシリーズもののファンタジイ長編や短編集を上梓している。
解説でもよく挙げられる彼の作品の特徴といえば、大量の情報やアイデアを詰め込み説明もそこそこにまくしたてるスタイル。ブルース・スターリングやニール・スティーヴンスンなどのサイバーパンク/ポスト・サイバーパンクの系列を強く感じさせる一方で、惑星規模のエンジニアリングを扱う宇宙SFを好んで書くというハードSF作家としての一面もあり、様々な意味で現代SFの正嫡といえる存在だろう。
とはいえ、いまだ念願のヒューゴー賞長編部門を受賞していないのは、多方面にわたるポップさがかえって災いしているのだろうか。既に完成されたスタイルを磨き上げるのか、新たな方向性を模索するのか、10年代も引き続き目を離せない作家だ。
なお、デビュー長編からして「シンギュラリティ」とついていることもあってこの言葉の伝道者として思われているふしがあるが、本人は至って健全な(?)懐疑主義者であり、シンギュラリティは自分の考えではあり得ないと定期的に発言している。そしてまた、ガチのシンギュラリタリアンのヒトにdisられたりもしている*1。
候補作
※後に『アッチェレランド』に組み込まれた連作短編は除いてある。
- "Antibodies"(2000) ☆☆☆
- Interzone2000年7月号初出、ショートストーリー
- ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 18th収録
- ソフト開発企業に勤める主人公はある日巡回サラリーマン問題の回答がネットで公開されたことを知ると、それが持つ重大な意味を悟り仲間たちに緊急の連絡を取りはじめる。AIの自律的進化=シンギュラリティとそれを阻止しようとかつてシンギュラリティによって滅んだ別の宇宙から来たエージェント達が繰り広げるスパイもの。実に2000年の時点でストロスの後の作品のエッセンスが集約された作品。
- ちなみに作中の宇宙ではビル・ゲイツがエージェントの一員であり、WindowsとExcelを普及させることで情報効率を落としシンギュラリティを阻止している、という説明が。
- 「コールダー・ウォー」"A Colder War"(2000) ☆☆☆★
- 「ローグ・ファーム」"Rogue Farm"(2003) ☆☆☆
- 『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーヴァー』収録
- ルー・アンダーズ編アンソロジーLive Without A Net初出、ショートストーリー
- ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 21th、ハートウェル編Year's Best 9収録
- 人口が激減し、テクノロジーに支えられた農村コミュニティが点在する未来のイギリス。ある夫婦が経営する農場に集合精神生物ファームがやってくる。地味ながら随所に盛り込まれた小ネタがいいSF味を出している。あと犬のしゃべり方がかわいい。
- 「コンクリート・ジャングル」"Concrete Jungle"(2004) ☆☆☆☆
- 『残虐行為記録保管所』収録
- The Atrocity Archives初出、ノヴェラ
- ストラーン編Best Short Novels:2005収録
- イギリスを魔術的災厄から守るために組織された秘密機関「ランドリー」。その職員であるボブはある朝緊急召集され、ミルトンキーンズで死んだ牛の調査を命じられる。道すがら渡された資料は恐るべき「ゴルゴン症」の記録だった。人気のオカルト伝奇SF「ランドリー」シリーズの一篇。有名な神話のSF的解釈に加えて、英国の監視カメラ状況等の社会的・技術的トレンドとのからめ方、お定まりのスパイの非情さと宮仕えの悲しさなどなど全方位的にジャンル小説の楽しさを詰め込んだ、ストロス作品中屈指のエンタテイメント。ヒューゴー賞受賞。
- 酔いどれマンモス"Trunk and Disorderly"(2007) ☆☆★
- SFマガジン2011年5月号収録
- Asimov's誌2007年1月号初出、ノヴェレット
- ストラーン編The Best Science Fiction & Fantasy of the Year Vol.2収録
- 恋人に出て行かれた富裕な青年ラルフは悪友たちとの大気圏ダイビングの計画を練りつつ、妹から預かった小型マンモスをもてあます。そこへ新任の女性執事がやってきて……。P・G・ウッドハウスのポストヒューマン版といった感じの短編。エロ成分多めだが、不思議なことにちっともエロくない。変な日本風の名字やジーヴスへのオマージュといった設定などは後の長編Saturn's Children(2008)でも見られるが、同一の宇宙を舞台にしたものではないという。
以下は、年間傑作選にこそ収録されなかったが候補作にする価値のある力作。
- 「ミサイル・ギャップ」"Missile Gap"(2006)☆☆☆★
- SFマガジン2010年4月号収録
- ガードナー・ドゾワ編アンソロジーOne Million A.D.初出、ノヴェラ
- 1962年、キューバ危機の直前、地球の諸大陸は何者かにより別星系にある超巨大人工物・ディスクの上に「移植」される。米ソはこの新天地で新たな領土拡大競争を繰り広げるが、発見された遺物や生態系から意外な真実が明らかになっていく。100万年先の未来というテーマのアンソロジーに100万年かけて別の星に来た「1960年の地球」という改変歴史小説をぶつけてみたり、宇宙開発時代に宇宙に飛び立てない状況を作ることで冷戦下の原子力の怪物たちに別の活用法を与えてみたりといったひねり方がいかにもストロス流。
- それにしても今回のオルダースン円盤に加え、ダイソン球にステージツリーとストロスはラリイ・ニーヴン(&パーネル)のアイデアの再活用に余念がない。個人的にはテクノロジーに浸った気だるい感じからストロスは00年代のジョン・ヴァーリイという印象だったのだが、案外00年代のニーヴンの方が適切かもしれない(あるいはカール・シュレーダーとセットでニーヴンの子供たちとか)。
- "Palimpsest"(2009) ☆☆☆★
- 短編集Wireless書き下ろし初出、ノヴェラ
- 周期的に絶滅の危機を迎える不安定な種・人類を維持するため、数兆年にわたり人類の生み出すあらゆる文明を管理し再播種する組織「ステイシス」。主人公ピアースはその一員となり歴史を改竄していくが……。21世紀にまさか本格SF作家がタイムパトロールものをやるとは! という驚きの作品。スケールの雄大さにおいてはストロス作品中でも有数だが、やっていることは意外と宇宙SFの方と変わらないような?
結論
ストロス作品はやはり情報量が多い方が面白い、ということでノヴェラから一番作家色の出ている「ミサイル・ギャップ」を推したい。「コンクリート・ジャングル」も好きだけど、シリーズものだからここは外しておこう。
*1:個人的に印象深いのは2006年頃にあったSingularity Instituteのマイケル・アニシモフによる『アッチェレランド』批判。確かFuturismicあたりにストロスとアニシモフのやり取りで、ア「ギークよりのシンギュラリティ観を垂れ流されると困る」ス「SFにそんな影響力はない(キリッ」というやり取りがあったと思ったが、見つからなかった。先のストロスのシンギュラリティ批判のコメント欄を見ていたら、相変わらずストロスにちょっかいを出しているらしい。