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私選00年代海外SF傑作選を編む(6)

Project Best

第1回からしばらく続いた宇宙・ハードSF方面は今回でいったん終了し、次回からはアメリカで00年代に活躍しはじめた新人作家へと移る(予定)。さてトリを飾るのは、ポール・J・マコーリイである。

ポール・J・マコーリイ(1955〜)

00年代の代表作

マコーリイは同世代のスティーヴン・バクスター(1957〜)やケン・マクラウドとともに90年代に頭角を現した新人SF作家の一人だった。今でいうニュー・スペース・オペラの先駆けとして遠未来を描いたConfluence三部作(1997〜99)を書き上げたのち、00年代に入ってからは主にテクノスリラーに手を染め、00年代前半はその路線の長編を主に執筆している。しかし2007年の長編Cowboy Angelsで再び宇宙SFに戻り、2008〜09年のThe Quiet War二部作では未来の太陽系を舞台にした本格宇宙SF路線への復帰作として、好評をもって迎えられた。
さてこのThe Quiet Warだが、実は90年代からすでに暖めていたアイデアだったという。そして、その作品世界の掘り下げは短編で行われていた。その意味では、マコーリイの00年代の短編を追っていくことは長編への遙かな道のりをたどる旅ともいえる。

候補作
  • 「有機礁」"Reef"(2000) ☆☆☆
    • SFマガジン200311月号収録
    • グレゴリー・ベンフォードほか編アンソロジーSkylife初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 18th、ハートウェル編Year's Best SF 6収録
    • 科学者マーガレットがカイパー・ベルトの小惑星エンキで発見したのは、戦前に行われていた加速進化の実験で生まれた真空有機体のコロニーだった。その美に魅せられるマーガレット。だが功にはやる同僚の科学者が真空有機体の危険性を言い出したことから、雇い主の星間会議所は有機礁の破壊を命じる。
    • 先述したThe Quiet War(邦訳に従えば〈静寂戦争〉)シリーズの短編。このシリーズは太陽系に人類が移住した近未来、宇宙移民と地球の体制との間で戦争が勃発し、移民の敗北によりいっそう地球による締め付けが厳しくなったという一種のディストピア未来を舞台にしている。
    • 本作で出てくる真空有機体はのちの作品にも出てくるシリーズの一つの鍵。元生物学者のマコーリイだけあって、生物学的なアイデアの描写は詳しい。
  • The Two Dicks(2001) ☆☆☆
    • F&SF誌2001年8月号初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 19th収録
    • 当代きっての人気作家フィリップ・K・ディックは怒っていた。辣腕エージェントの力でパルプSFから抜け出し、いまや文壇にも認められた彼だったが、韓国で地下出版された彼の小説『高い城の男』がスランプ状態の彼を責め苛む。LSDの酩酊の中で、彼は大統領に会おうと決心する。
    • 意外といっては失礼だが、マコーリイはかなりのスタイリストであり、こうした変化球の作品も書く。本作は『ヴァリス』や『高い城の男』の状況をそのままディックに当てはめたような作品だが、タイトル周りにひと含みあったりしてそれほど安直な感じはしない。
    • P・K・ディックといえば、SF界における現実と虚構のあわいを象徴するアイコンと化した感があり、本作以外にもディックが登場する小説はいくつかある*1
  • "The Passenger"(2002) ☆☆☆
    • Asimov誌2002年3月号初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 20th収録
    • 外部太陽系のエンジニア・マリスは地球の企業に雇われて静寂戦争の残滓である廃船の解体を行っていた。ある旅客船の解体中、クルーの一人が船内に誰かがいると騒ぎ出す。作業を遅らせないため、彼女は仕方なく捜索に乗り出すが……。
    • 〈静寂戦争〉シリーズの短編。外部太陽系の搾取される民VS地球の傲慢な資本家みたいな構図がパターン化してきてやや退屈だが、本作ではこのシリーズの柱であるポストヒューマニズムの可能性に触れている。
  • "Rats of System"(2005) ☆☆★
    • ピーター・クラウザー編アンソロジーConstellations初出、ショートストーリー
    • ハートウェル編Year's Best SF 11収録
    • エリダヌス座40番星の小惑星帯に人類が移住して一世紀が経っていた。太陽系でのシンギュラリティの発現後、宇宙へ向かった超越AIがこの星系にもあらわれ、恒星に何らかの天体エンジニアリングを行う。調査のために向かった科学者たちをAIを追ってきたAI崇拝者たちが襲う。作業員のカーターは一人生き残った科学者を連れ、逃げ延びようとする。
    • 舞台は外星系に移るが、これも〈静寂戦争〉シリーズの作品。このシリーズは主に太陽系での勢力間抗争を扱っているが、実は年表的にこの先数世紀までゆるやかに広がっているという。そのあたりは現時点の最新長編In the Mouth of the Whale(2012)で述べられている(らしい)。スケール感はあるが、ストーリー的にはやや拍子抜け。
  • "Dead Men Walking"(2006) ☆☆☆
    • Asimov誌2006年3月号初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 24th、ハートウェル編Year's Best SF 12収録
    • 天王星の衛星アリエルの政治犯収容所で看守を務めるロイ・ブルース。だがそれは本名ではなかった。彼は戦時中、地球側の工作員として作られた人造生物だった。戦後に任務を放棄し、普通の人間にまぎれて静かな暮らしを送っていたのだった。だが所内で連続発生した殺人事件が自分と同じ工作員の仕業と察したロイは、彼を説得しようと試みる。
    • これまた〈静寂戦争〉シリーズ。別にこのシリーズしか書いていないわけではないのだが、なぜか年間傑作選にはこのシリーズがよく入っている。これまでとやや趣向を変えた、スパイもの風の短編。
  • "Incomers"(2008) ☆☆☆
    • ジョナサン・ストラーン編アンソロジーThe Starry Rift初出、ショートストーリー
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 26th収録
    • 土星の衛星レア復興のため、地球からやってきたエンジニア一家の息子ジャック。この星の活気に魅せられたマークは同じ入植者の子供と探検するが、地球外の民に偏見を持つ彼らにはなかなか話が通じない。そんな折、仲間のマークがハーブ売りの男がスパイではないかと言い出す。その男、アールグレン・リースを二人は尾行するが……。
    • 例によって〈静寂戦争〉シリーズだが、ヤングアダルトSFのアンソロジーが初出のためか、このシリーズに付き物の過酷さ・陰惨さはそれほど見られない。少年探偵もの。
  • "City of the Dead" ☆☆★
    • Postscripts誌2008年夏号初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 26th収録
    • 第三次世界大戦後、地球に飛来した異星人ジャッカルーによって15の別星系への移動手段を手に入れた人類。そんな星系の1つにある惑星ファーストフットで、元軍人のマリリンはある田舎の町の保安官になる。やがて山に住む巣ネズミの研究者アナと仲良くなり、彼女から巣ネズミに隠された秘密を教えられる。
    • これは長編Cowboy Angels(2007)の世界設定を使ったスピンオフ作品で、やはりシリーズ化されている。〈静寂戦争〉シリーズは短編で外堀を埋めたあとに長編が執筆されたが、本作は長編のあとに短編が書かれている。
    • 設定は正直取って付けたような安っぽさがあるが、見果てぬ夢を求めて宇宙に出たはずの人類が別の惑星で同じような暮らしを送っている点が強調されたり、20世紀の文化がなぜかやたら出てきたりして、意図的にメタSFっぽいことをやろうとしている節がある。本作は中でもどちらかというと普通のSF寄りであり、かえって物足りない。
  • "The Thought War"(2008) ☆☆☆★
    • Postscripts誌2008年夏号初出、ショートストーリー
    • ストラーン編The Best Science Fiction & Fantasy of the Year vol.3収録
    • ある日どこからともなく現れた人間もどきたち。人々はゾンビと呼び彼らを殺戮するが、殺しても殺してもどこかからゾンビたちは補給される。やがて人類は内紛を起こしお互いに殺し合うが、その間にもゾンビたちは増殖していく。
    • 珍しいノンシリーズの短編。ゾンビものをちょっとひねったアイデアストーリーで、落としどころはそれほど意外ではないもののスケールの大きさが好印象。
  • "Crimes and Glory"(2009) ☆☆
    • ウェブジンSubterranean online2009年春号初出、ノヴェラ
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 28th、ホートン編The Year's Best Science Fiction & Fantasy:2010収録
    • 国連の技術管理部に所属する捜査官エマはコード農場で起きた盗難事件を追っていた。先史異星文明の遺物からプログラムを抽出する作業をしていた若者2人が危険性の高いコードを持ち出して逃走したのだ。だが2人のものと思われる遺体が惑星ファーストフットで発見される。やがて捜査を進めるうち、2人の背後に陰謀論で知られる異星文明学者ナイルズの影が浮かび上がってきた。
    • これまたCowboy Angelsのスピンオフ作品。"City of the Dead"の後日談にあたる。ストーリーはほぼ普通の警察ものでSF要素は希薄。タイトルはコードウェイナー・スミスの作品を連想させるが、特に関連性はない。
結論

〈静寂戦争〉シリーズの流れが短編から追える点は興味深いが、単発の作品としては"The Thought War"がもっとも優れている。

*1:ぱっと思いつくところでは、トマス・M・ディッシュのThe Word of God、ダリル・グレゴリイのPandemoniumなど