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京フェス2012「未訳SFの部屋」メモ

これまた10/6に京フェスの合宿で行った「未訳SFの部屋」の発表のまとめです。趣旨としては発表者のお気に入りの未訳作品を紹介するというものですが、ただ一方的に話すのでは聞く側もダレてくるという今までの経験から、今回は発表者がそれぞれの手駒のキャッチコピーを挙げ、観客が聞きたい方を投票で決めるという観客参加型バトルロイヤル形式で行ってみました(ちなみに私が負けました)。以下では紹介できなかったものも含めた作品について述べています。


ケン・スコールズ "Edward Bear and the Very Long Walk"(2001)

今回の紹介の裏テーマとして、ここ10年くらいでハヤカワSF・FT文庫で翻訳が出たにも関わらず特に話題にもならないまま消えていったーーしかし海外では変わらず精力的に活動しているーーそんな作家の「あの人は今」を扱おうというのがありました。イアン・マクドナルドみたいに奇跡の復活を遂げた作家もいますが、基本的にそういう作家は賞を取った短編がSFマガジンに載るくらいしかお目にかかる機会がないので、こういう場でくらい取り上げようというわけです(もちろん多少は読むに値するものを書いているという前提で)。
ケン・スコールズはアメリカの作家で2011年にFT文庫から出たエピック・ファンタジイ『失われた都』の著者です。

失われた都 (下) (イサークの図書館)

失われた都 (下) (イサークの図書館)

長編はファンタジイのシリーズものを書いていますが、2004年に未来の作家コンテスト*1でのプロデビュー以来、短編ではSFからファンタジイ、スリップストリーム寄りの作品まで多彩な作品を書いています。今回紹介する短編はTalebones誌2001年春号が初出、その後著者の第一短編集 Long Walks,Last Flights(2008)に収録されました。

Long Walks, Last Flights & Other Strange Journeys

Long Walks, Last Flights & Other Strange Journeys

主人公のエドワードは熊のぬいぐるみ。AIが搭載され自分の意志もありますが、子供向けなので少しのろまです。移民船団の子供たちの相手をしてやがて飽きられて眠っていたエドワードが目覚めたとき、周囲の子供たちは皆死んでいました。船のメインコンピュータに接触したエドワードは船がある惑星に到着し、伝染病で瞬く間に乗員が死亡したことを知ります。呆然とするエドワードでしたが、内なる直感に従い、ある装置を山の上まで運ぶことを決意します。ぬいぐるみにとっては過酷な旅。途中、現住生物と仲良くなったエドワードは、捕食獣から子供を連れ戻してくれと懇願されます。自らの使命との葛藤に苦しみながらも、エドワードは捕食獣の巣穴に潜っていきますが……。

淡々と語られるエドワードの冒険の合間に幻想的なイメージが挿入されて、SF的な装いをした童話を思わせる短編です。元々人間でないものがひたむきに人間に尽くす、人間の愛を求める話は陳腐だとは思いながら個人的に弱いものの一つで、その中でもこれはかなり綺麗に決まった作品だと思います。企画中に名前の挙がったオールディスの『スーパートイズ』と雰囲気的には若干似ているでしょうか?

ジェイスン・サンフォード "Sublimation Angels"(2009)

続いては新しい作家の紹介ということで、ジェイスン・サンフォードの作品を。サンフォードはアメリカ在住のSF作家ですが、主にインターゾーン誌などイギリスの雑誌に寄稿しています。文芸誌の編集者としても活躍しており、特にウェブ上で発表された短編を対象とする文芸賞 Million Writers Award の主催者として有名です。
今回取り上げる中編インターゾーン誌2009年9・10月合併号が初出で、翌年のネビュラ賞ノヴェラ部門にノミネートされた著者の代表作の一つといえます。作者も後書きで書いているとおり、フリッツ・ライバーの往年の名作「バケツ一杯の空気」へのオマージュでもあります。

遠い未来、AIと人類の共同体は未知の知性体オーラルとの接触を図り調査隊を星系に送り込みます。しかしオーラルは接触を拒み、絶大な力で調査隊の着陸した星の軌道を変え、極寒の惑星へと変えてしまいます。退路を断たれた調査隊は地下に移住し、階層社会を形成して細々と生き残る道を選びました。
それから600年後、主人公チッカは上層民の子供として生まれます。しかし双子のオマレがオーラルと初めて対話した〈選ばれし者〉になったことから劣等感を抱くようになります。やがて二人の母親が〈太母〉に逆らって処刑されたことから二人の立場も悪化し、オマレは下層民の少女と結婚したことで最下層に落とされ最後には息を引き取ります。残されたチッカはオマレの恋人アルマとその友人たちとともに苦しい最下層の生活に耐えながら、やがてこの社会の成り立ちとオーラルの謎を探っていきます。

特殊な環境に生まれた子供が世界の仕組みを知り、やがて変革に至るという正統派のジュブナイルSFです。少し古めかしいストーリーも含めて古典オマージュということでしょうか。タイトルである「昇華の天使」とは惑星が寒冷化したことで凍り付いた大気(バケツ一杯の空気!)が地表を覆う謎の灰から掘り起こされて昇華する時に現れる光のことを指しています。
サンフォードはこうしたSF的背景を世界の内側からのぞいた時に立ち上ってくる詩情にこだわりがあるようで、その他の作品にもそういった作風が見受けられます。彼はまた近年短編SFの分野で活躍する作家ーーテッド・チャンパオロ・バチガルピ、ユージイ・フォスター、レイチェル・スワースキーなどーーの作品群をSciFi Strangeという言葉で表現していますが、これは何か新しい潮流というより、SFとしてのアイデアとスタイルの調和を目指しているという意味で、この作品のライバーのオマージュのような原点回帰運動とみた方がいいのかもしれません。

カール・シュレイダー "After Science"(2012)

またも「あの人は今」コーナー。今度は2008年にハヤカワSF文庫から『太陽の中の太陽』が翻訳されたカール・シュレイダーです。

今回紹介する短編は世界最大の半導体メーカー・インテル社発のアンソロジーTomorrow Project Anthologyに収録されています。インテルラボの専属フューチャリスト、ブライアン・デイヴィッド・ジョンスンによるTomorrow Projectはコンピューティングの発展に伴い近い将来現実化する未来の風景を世界のインテルが先陣切って想像しようというもので、アメリカ・イギリス・ブラジルなどで近未来SFや未来予想のコンテストが開催されています。イギリスでは今年創刊されたポピュラーサイエンス誌New Scientistの姉妹誌であるArcと協賛しています。このように、ポピュラーサイエンスやテクノロジーとSFが親密化してきていることが2010年代の英語圏SFの一つの傾向です。日本でもワイアード誌が日本SFの特集を組んだことは記憶に新しいでしょう。

さてシュレイダーの短編はインタラクティブサーフェス*2という実用化中の実在の技術を扱ったものです。

身寄りを失い一人孤独に暮らす老婆レノア。死んだ甥の設置してくれたインタラクティブのおかげで日々の生活にも不自由なく暮らしていました。しかしある日、隣家の青年エドガーが勝手に室内にインタラクティブを投影したことから口論になります。真意を問いただすレノアに、エドガーは暮らしを便利にするだけでは現実を技術で覆い隠しているだけだ、この技術で現実を新しくとらえ直す運動に参加しているのだと語ります。

『太陽の中の太陽』からはなかなか想像できませんが、シュレーダーという作家は元々テクノロジー、特にコンピュータが人間の認識を変える哲学的な可能性について考察を繰り広げてきました。人間とは違った認識をもつものが、外界を観察し報告を返す、そのプロセスの中にカントなどの人間の認識の限界を前提とした形而上学を覆す契機が秘められているのではないかというものです。
この短編では老婆が新しい生活に目覚めるというややこじんまりした着地を迎えますが、新しい技術が人間の認識に新たな光を投げかけるという視点は共通しています。なお、作中でエドガー青年が並べるクエンティン・メイヤスー、グレアム・ハーマン、ジェイン・ベネットなどの名前は実在の研究者で、シュレイダーの問題意識と重なるところも多い、近年の哲学の新潮流である「オブジェクト指向存在論(Object-Oriented Ontology)」の主唱者たちだそうです。

ヴァンダナ・シン "Indra's Web"(2011)

最後に再び新しい作家の紹介を。ヴァンダナ・シンはインド出身、アメリカ在住のSF作家です。大学の物理学の助教授を務めており、作中でも数学やテクノロジーが扱われることが多いですが、ハードSFというよりは私的な経験の反映が強い作風です。

主人公のマーワは研究者。キノコの地下茎のネットワークを模倣するエネルギーグリッド・スールヤネットを開発し、自分の生まれ育ったデリー近郊のスラムの生活を向上させる実験を行っています。しかし太陽光発電の要をなす塔が予定通りの出力を出しません。自分の夢、それに惹かれて集まってきた将来有望な学生たちを自分は裏切ってしまったのか。悩むマーワの心中に過去の記憶が去来します。

シンの他の作品にも顕著な特徴として、インド(神話)由来のネーミングや自伝的な要素が挙げられます。主人公はある特殊な能力を持っており、その力で今まで自分のいた世界から飛び出すことができましたが、それは同時に広い世界に対してはあまりに敏感なため主人公はうまく周囲とつきあうことができません。それをどう制御していくかーー作者のプロフィールと付き合わせるとどうしてもダブらせてしまいますが、鼻につくほどではありません。それほどジェンダー色の強くない女性作家ということで個人的には評価しています。
なお、この短編が掲載されたアンソロジーTRSF(2011)もやはりMIT Technology Review というポピュラーサイエンス系の雑誌が主体のアンソロジーで、各短編がエネルギー・通信・コンピューティング・ロボット工学などの技術的トピックをテーマにしています。

*1:L・ロン・ハバードが創始したSF・FTを対象とした小説コンテスト。日本のような新人賞が存在しないアメリカでは貴重なアマチュア作家の登竜門。

*2:あらゆる平面に投影した画像に対し操作ができる技術。アニメとかでよく見られる視界にコマンドやメニューを表示するものの平面版?