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The Fractal Prince by Hannu Rajaniemi

Novel Hannu Rajaniemi

第一長編『量子怪盗』が邦訳され、英国SFの新星ハンヌ・ライアニエミの名もようやく日本の読者に知れ渡ったことと思う(最近の名前の覚えにくい作家として)。ひとまずめでたい。
2012年には『量子怪盗』の続編 The Fractal Prince が出版され、いずれ訳されるだろうと思ったものの、やはり読みたいという気持ちを抑えられず読んでしまった。

量子怪盗 新★ハヤカワ・SF・シリーズ

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The Fractal Prince (Jean le Flambeur)

The Fractal Prince (Jean le Flambeur)

あらすじ

火星で過去の自分が残した黒い箱を手に入れたジャン・ル・フランブール。火星での生活を捨ててまで自分が追い求めたものを調べるため、ジャンはミエリたちとともにゾクが現実世界と〈仮象界〉を変換する施設――ルータへ向かい、箱の中に眠る存在と対峙する。
一方、ところ変わって地球の都市シール。地球では野生化した環境ナノマシン群が〈精神共同体〉の干渉を阻んでおり、ナノマシン群を抑制する〈印章〉を持つ人間の商人たちが廃墟から発掘した〈精霊〉を使役したり〈精神共同体〉と取引することで繁栄していた。有力者ゴメレズ家の次女タワッドゥドはかつて夫を捨て〈精霊〉と暮らしたことで半ば勘当され、スラムの町医者として暮らしていたが、父親の権力維持のため家に呼び戻され有力な商人アブー・ヌワースと交際するよう命じられる。さらには成り行きから〈精神共同体〉の大使スマングルの接待を行うことになる。

感想

前作に引き続き主役となるのは怪盗ル・フランブールにオールトの戦士ミエリ、宇宙船ペルホネンの三人(?)。舞台は火星から地球へと移動し、中東を思わせる砂漠地帯にある交易都市シールで物語は進む。『量子怪盗』がフランブールと火星の青年探偵イジドールという二つの視点から進行していたのと同様、本作でもフランブールが宇宙で過去の自分が残した箱の謎を解いている一方で、もう一人の主人公タワッドゥドが〈精神共同体〉の大使スマングルとともにシールで起きた事件に挑む二つのストーリーが交互に語られる。ちなみにタワッドゥドというのは「アラビアン・ナイト」に登場する女奴隷だそうで、そこからも推察されるように本作に出てくる事物の大部分は「アラビアンナイト」やその他アラブ・ムスリムの伝承にちなんでいる。
『量子怪盗』の感想の時に挙げたライアニエミ作品のマンガ・アニメっぽさについては、すでに読んだ人にはいわずもがなだと思うので、本作では別の視点、SFとしての志向について取り上げてみたいと思う。『量子怪盗』が登場したとき、そのポスト・シンギュラリティ的世界観や専門用語が無造作にごろごろ登場する情報過多なスタイルから、同じスコットランド作家のチャールズ・ストロスケン・マクラウド、あるいはもう少し範囲を広げニュー・スペース・オペラの作家たちの新鋭であり一員として見られていた。「ポスト・ラディカル・ハードSF」なんて呼び方をした批評家もいる(新しいジャンル名を付ければいいというものではない例)。
しかし『量子怪盗』と本作を通して読んでみると、上記の特徴は強くでているものの、著者の力点はまた別のところにあるような感じがする。たとえば火星の都市ウブリエットと地球の都市シールでは、人間のアップロード精神や量子的絡み合いなどテクノロジー的には同じ基盤を持ったものを扱いながら感触はまるで違っている。そのテクノロジーが何であるかより、それを包摂する各都市の文化体系の中での表現に重きを置いているからだ。英語以外の言語からひっぱってきた単語を多用するのもそういう雰囲気重視のためだろう。その意味ではサイエンス・ファンタジイに近い志向といえそうだ。
実際ライアニエミがインタビューで影響を受けた作家を聞かれたとき、まっさきに挙げるのがロジャー・ゼラズニイであり、イアン・マクドナルドである。ともに文体のスタイリッシュさ、エキゾチックな世界観に定評のある作家だ。
とはいえこれもまた一面であり、キャラ萌えから心の哲学まで様々なフックに事欠かない作品である。個人的に本作で一番印象的だったのは、地球へ潜入するミエリが「禊ぎだ」といって宇宙船内でサウナを用意し始め(なぜか常備されている)、フランブールさんがビクビクしながら一緒に入るシーン。こんなに仲のいい二人だが、ラストでその関係は決定的な転換点を迎え、この後どうなっちゃうのという実にいい所で物語は終わる。中巻としては理想的な引きだと思うし、最終巻が早くも待ち遠しい。