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Ancillary Justice by Ann Leckie

Novel Ann Leckie

すでに旧聞もいいところだが、『SFが読みたい!2014年版』のコラム「SFで読み解く2013年」に寄稿した。2013年に流行ったものにちなんだSFを紹介するというなかなか無理ゲーな企画で、私の担当は「艦これ」。泡沫提督なりに奮戦したので、興味があればご笑覧ください。

SFが読みたい! 2014年版

SFが読みたい! 2014年版

さて「艦これ」といえば軍艦の擬人化というコンセプトが印象的だが、奇しくも同じ2013年の英米SFシーンでも軍艦が人の姿をとるSFが人気を博した。アン・レッキーのAncillary Justiceである。昨年からウェブで話題になっていたが、今年に入って立て続けに各SF賞(クラーク賞、英国SF協会賞、ディック賞、ネビュラ賞などなど)にノミネートされたことからもその評価の高さがうかがえる。

Ancillary Justice (Imperial Radch)

Ancillary Justice (Imperial Radch)

あらすじ

強大な軍事力を誇る銀河帝国ラドク。その中枢を支えるのは軍艦と脳改造され軍艦のAIによって操られる兵士――属体、そして属体同様に無数の自らの分身を持つ皇帝アナアンダー・ミアナアイの存在だった。だが、近年の皇帝の政策転換、膨張政策の停止や下層民の登用は従来の上流階層に波紋を呼んでいた。
最後の植民地、惑星オルスに赴任したオーン中尉と兵員輸送艦〈トーレンの正義〉は先住民との関係を築くなかで、記録にない大量の武器を発見する。誰が、何の目的で? しかし考える暇もなく先住民間の暴動が発生し、オーン中尉は突然現れた皇帝の命令で不本意な大量虐殺を引き起こしたうえ、任を解かれてしまう。
その19年後、雪に覆われた辺境の惑星ニルトに降り立ったブレク――〈トーレンの正義〉の属体の1人は、千年前に死んだはずのかつての自分の士官、セイヴァーデンと偶然出会う。なりゆきでセイヴァーデンを旅の共にしたブレクはこの星に来た目的を果たしに向かう。ラドクに滅ぼされた文明ガルセドが残した、皇帝ミアナアイを殺すことができる唯一の武器を探しに。

感想

本作はアン・レッキーの第1長編。著者のレッキーはクラリオン・ウェスト・ワークショップの卒業生で、本作発表前から〈サブテラニアン・マガジン〉などに短編を寄稿しており、ホートンの年間SF傑作選に一度収録されたりもしているが、実質的にはほぼ無名の存在だった。本作で一躍有名になったことで、新人作家と間違われてキャンベル新人賞にノミネートしないよう著者自身が呼びかけているのが可笑しい。
そこまで注目を集めた魅力が本作のどこにあるのかといえば、種々のSF的設定を文章表現に落とし込んだ完成度の高さだろう。銀河帝国がどうとかいう設定を見ると一見エンタメ系スペースオペラの類かと思ってしまうが(実際そうでもあるが)、その実イアン・M・バンクスの〈カルチャー〉シリーズなどの系譜に連なる極めてコンセプチュアルなSFなのだ。
たとえば、一番顕著なのが代名詞。本作の舞台となるラドク帝国の文化では性別による言語の差が薄い。それを反映して、本書ではラドク語で交わされた会話の代名詞がすべて"She"で統一されており、登場人物の性別がわからない。人間関係から察することはできるものの、それを裏付ける言及はない。性別の攪乱は従来からジェンダーSFで試みられてきた手法だが、本作にはまた独特の幻惑感がある。また、AIと属体の描写もそうだ。本書は基本的に〈トーレンの正義〉およびブレクの一人称で語られているが、1つの精神が船や属体など複数の肉体を操るという設定を表現するため、同じセンテンスで断りもなく別の視点に切り替わったりする。
そうした表現レベルでの試みに加えて、過去編(惑星オルス)と現在編(惑星ニルト)の2つのプロットが交互に進む構成面での工夫もある。〈トーレンの正義〉とブレクの関係やオーン中尉が巻き込まれた陰謀の正体などパズルのようにちりばめられた謎の数々は2つのプロットを往還するうちに徐々に解き明かされていく。ラッセル・レトスンは〈ローカス〉誌でのレビューで本作を先述のバンクスの代表作の1つ Use of Weapon の構成と比較して評価している。
こうしたやや詰め込みすぎともいうべき試みの数々のせいで、読み始めてから物語世界になじむまでの間はやや困惑させられることも多い。だがその世界観と文章との対応がつかめてくれば、その探求がくせになってくることだろう。
そしてもちろん、スペオペとしてのキャラクターたちの活躍も見逃せない。特にセイヴァーデンの存在は大きい。地位にも家柄にも恵まれた傲慢な上流階級の人間でありながら、千年前の世界から浦島太郎のように現在に流れ着き、一転根無し草の薬物中毒者になってしまう。その彼(彼女?)がブレクとの出会いでどう変わっていくかが本作を貫く柱の一つでもある。

と、ここまでほめちぎりモードで来たが、実のところ個人的にはそこまで高くは評価していない。本作の美点であるコンセプチュアルなところに、逆に小説として堅さを感じてしまう。ここで取り上げなかった偶然と必然とかラドクの文化にちなむ抽象的な議論が繰り返し登場するのだけど、あまり本筋にからまないうえに物語を遅滞させているように思われてならない。また、属体をはじめ興味深いSF設定が色々出てくる割には、細部の甘さや展開の乏しさが感じられてもどかしい。そこはまあ、そういうアイデアの転がし方を求める小説ではないのかもしれないが。
とはいえ、マスターピースとまでは言えないにせよ、昨年を代表するSFにはカウントしていいかもしれない。セイヴァーデンという大変な萌えキャラもいることだし。個人的に印象深かったシーンはニルトの雪原を進むブレクとセイヴァーデンの二人旅で、どこかル=グウィンの『闇の左手』を思い起こさせる。そういえばセイヴァーデン(Seivarden)とエストラーベン(Estraven)はどこかしら字面が似ているような……。
なお本作は(例によって)三部作の第一作で、今年の10月に第二作Ancillary Swordが刊行予定されている。

Ancillary Sword (Imperial Radch)

Ancillary Sword (Imperial Radch)