"Fast Forward 1" by Lou Anders

Fast Forward: Future Fiction from the Cutting Edge

Pyr
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2007年に出版されたオリジナルSFアンソロジー。編者のルー・アンダースは新興SFレーベル・パイア(Pyr)の編集者で、パイアの長編ラインを企画・編集する一方でこの"Fast Forward 1"をはじめ複数のアンソロジーの編者を務める精力的な人物である。
2000年代には多数のSF/FTアンソロジーが出版されたが、その中でも本作を特徴付けているのはシリーズもののアンソロジーとして企画されていることだ。なにしろ最初から"1"と銘打ってある。偶然にも2007年には同様のシリーズもののアンソロジーとしてジョナサン・ストラーンの"Eclipse"(NightShade Books)とジョージ・マンの"The Solaris Book of New Science Fiction"(Solaris Books)が始まっている。
テーマなしのオリジナルSFアンソロジーのシリーズを立ち上げるにあたって、編集者たちの念頭にあったのは60〜70年代に刊行されたデーモン・ナイトの「オービット」やテリイ・カーの「ユニヴァース」といったシリーズだろう(と言いながら知識としてしか知らないのだが)。実際、アンダースやストラーンは序文の中で「オービット」や「ユニヴァース」の名を挙げている。これら21世紀のアンソロジーシリーズも先達のような傑作を多々輩出してくれる…といいなと思う。

収録作

作品名 作者 評価(☆…1点、★…0.5点) 一言
YFL-500 Robert Charles Wilson ☆☆★ 近未来のアート。そのオチは無い…
The Girl Hero's Mirror Says He's Not the One Justina Robson 未読 -
Small Offerings Paolo Bacigalupi ☆☆☆ いつもの暗いエコ話。
They Came from the Future Robyn Hitchcock - 詩。
Plotters and Shooters Kage Baker ☆☆☆ 隕石撃墜会社。男子校ノリで。
Aristotle OS Tony Ballantyne ☆☆☆☆ プラトンOSとアリストテレスOS。
The Something-Dreaming Game Elizabeth Bear ☆☆☆☆ 自殺ごっこの話。泣ける。
No More Stories Stephen Baxter ☆☆☆ 中年の家庭の事情と思いきやナイス力業。
Time of the Snake A.M. Dellamonica ☆☆ イカ型宇宙人の侵略。あと触手。
The Terror Bard Larry Niven & Brenda Cooper ☆★ 火星を太陽から救え。派手なのに今ひとつ。
p dolce Louise Marley ☆☆ ブラームスの作品の謎。
Jesus Christ, Reanimator Ken MacLeod キリストの再臨。立川でも行ってろ。
Solomon's Choice Mike Resnick & Nancy Kress ☆☆☆ 医者と異星人の親子。まあいい話。
Sanjeev and Robotwallah Ian McDonald ☆☆☆★ インドの巨大ロボットと少年兵。
A Smaller Government Pamela Sargent ホワイトハウス縮小。くだらないタイトル。
Pride Mary A. Turzillo ☆☆★ サーベルタイガーを飼ってみた。
I Caught Intelligence Robyn Hitchcock - これも詩。
Settlements George Zebrowski おせっかいな未来人。
The Hour of the Sheep Gene Wolfe ? 剣豪小説?オチが分からない。
Sideways from Now John Meaney ☆☆☆★ 量子テレパシーと移動都市。ネタは満点なのだが。
Wikiworld Paul Di Filippo ☆☆ サイバーカスケード?の話。とりあえずWikiは関係ない。

収録作の傾向を見ると、まずR・C・ウィルスンやバクスター、ニーヴン、クレス、ウルフと日本でもおなじみの大物作家を据えつつ、そこにイアン・マクドナルドを筆頭にパイアが出しているイギリスSFの作家たちを加え、さらにバチガルピやエリザベス・ベアといった活きの良い新人作家を添えた、なかなか完璧な布陣。さらにミュージシャンのロビン・ヒッチコックの詩を載せたりするあたり、このアンソロジーの挑戦的な姿勢をアピールしている。

特に良かったもの紹介

  • 'Aristotle OS' by Tony Ballantyne

最近離婚した大学講師のジョンは、ニートの弟にアリストテレスOSなるものをPCに入れられてしまう。普通のOS=プラトンOSはあくまで現実世界のモデルを組み立てるだけ。アリストテレスOSは入力全てを一つの現実として受け入れる。ジョンが使っているうちに、アリストテレスOSは現実の様々な矛盾をどんどん浮き彫りにしていく。

    • 黙して語られない現実のひずみを一々問いただす、嫌な子供みたいなコンピュータの話。それだけならどうってことないわけだが、そこにアリストテレスとか持ってくるセンスがね、なんかもう…素晴らしい。この後さらに「カント2.0」にアップグレードするんだけど。
    • トニー・バランタインはイギリスの中堅SF作家。長編SFを4本出したほか、短編をインターゾーン誌に寄稿している。短編しか読んだことないんだけど、これが揃って思弁性とガジェット感が適度にブレンドされた変なSFで、個人的に評価高し。ちょっとイアン・ワトスンを思わせるけどそこまででもない。ぷちワトスンくらいか。
  • 'The Something-Dreaming Game' by Elizabeth Bear

酸欠で意識が飛ぶ時の恍惚感を味わう危険な遊び、「夢心地ゲーム」。ジリアンは娘のタラがこの遊びに手を出しているのを知って止めさせようとするが、タラは夢の中で出てくるアルバートという奇妙な生物に会わなければといって聞かない。タラの夢と治療用量子インプラントとの関係を疑いつつも、ジリアンはタラを病室に閉じ込めるが…。

    • 「夢心地ゲーム」は現実にある遊びというか事件らしく、Wikipediaなんかにも名前は違うが載っている。そういうショッキングな話題を扱いながらも親子の関係を丁寧に描いていって、しかもそこに留まらず最後でSF的に物語を昇華させてしまうあたり、著者の手練がうかがえる。良作。
    • ちょうど放送と同時期に読んだせいか、『電脳コイル』と設定が似てると思った。子供にしか見えない夢現の世界とその住人、それに関わる治療用テクノロジーとかそのへん。それが友情でなく親子の話になるのはアメリカのYAの文脈なのだろうか。
  • 'Sanjeev and Robotwallah' by Ian McDonald

村の少年サンジーヴは初めて軍事用ロボットの戦闘を見たときから、ロボットに魅せられる。州間の抗争に巻き込まれて村を失ったサンジーヴ一家は都市へ移り住む。そこで彼はロボット操縦兵の少年たちに出会い、彼らの身の回りの世話役として雇われる。憧れの人々のために働くことに幸せを感じるサンジーヴだが、やがて戦争が終わりロボット部隊の任も解かれてしまう。

    • マクドナルドの長編"River of Gods"は近未来のインドを舞台にした作品だが、同じ設定の短編がいくつかあり、これもその内の1作。これらの作品は短編集"Cyberabad Days"にまとまっている。邦訳では「ジンの花嫁」がある。
    • 作中に'J-Anime'と何度も出てくるくらい日本のロボットアニメを意識していて、日本人としては半分ギャグみたいな気分で読むのだが、それでも不思議と浮いている感じはなく近未来のインドの風土に溶け込んでいる。インド口語の"wallah(〜に従事する人)"を使ったタイトルが良い例だろう。先に世界が出来上がっているのもあるだろうけど、こういうのはやはりマクドナルド一流の才能だと思う。また物語のほうもホモソーシャルな世界に憧れたり失望したりする少年の心の揺れ動きを描いて、実にさわやか。
  • 'Sideways from Now' by John Meaney

量子インターフェースを搭載しテレパシーを可能にする製品qPinを開発し、全世界的なヒットを飛ばしたライアン。しかし彼は死んだ恋人ユキコへの妄執に囚われていた。一方、彼の夢の中に現れる駆動都市では陰謀が進行していた。眠れる王子アーガルをよそに副王ヴァルが古の兵器の復活をもくろんでいたのだ。事態に気付いた評議員ピートロとホジは調査に乗り出す。

    • iPodを思わせるテレパシー装置が大ヒット商品になっている近未来と、多足歩行の都市が荒廃した世界を歩き続けるスチームパンク風異世界という、食い合わせの悪そうな2つの世界で交互に進行していく物語。もうこの設定だけでいわゆる長編数本分くらいのお値打ちはありそうだが、これがどうやって結びつくのかと期待していると見事に裏切られる。作品を畳むのにももう少し注力してくれれば…。
    • ジョン・ミーニイはイギリスの中堅SF/FT作家。作品の詳細はいずれ長編を読んだあかつきにでも。