"Other Earths" by Nick Gevers & Jay Lake

Other Earths
Other Earths
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2009年に出版された改変歴史テーマのオリジナルSF/FTアンソロジー。編者の1人ニック・ジュヴェールは南アフリカ在住のSF批評家・編集者で、ウェブも含めた広範な書評活動を行っている。個人的にはつい最近まで担当していたローカス誌の短編レビューがなじみ深い。編集者としてはイギリスのジャンル系文芸誌Postscriptsの編集や同名のウェブサイトの再録アンソロジーである"Infinity Plus: The Anthology"に関わっているが、ここ最近は先日感想を書いた"Extraordinary Engines"や本書のようなオリジナルアンソロジー編集の方面でも仕事をしている。もう1人の編者であるジェイ・レイクはアメリカのSF/FT作家。小説執筆以外にも色々手広くやっているようだが、個人的には作家としてあまり魅力を感じないので正直どうでもよい。

改変歴史は90年代からこのかたSF/FTにおける主要なサブジャンルであり、それ自体が1つのジャンルといっていいくらいの勢力になっている(なにしろ改変歴史小説だけのためにサイドワイズ賞が設けられているくらいだ)。その中からクリストファー・プリーストの『双生児』や最近邦訳されたマイケル・シェイボンユダヤ警官同盟』のような高い評価の作品も現れてきたのは周知の通り。しかし編者たちの認識によれば、現在出版されている改変歴史小説の大部分は戦争を扱ったものであり(エリック・フリントやハリイ・タートルダヴの諸作などを念頭に置いている)、その可能性はまだ存分に発揮されていない。このアンソロジーはそうした改変歴史小説の新たな可能性の探求のために編まれたという。

スローガンは素晴らしいのだが、このアンソロジーがそれに成功しているかは微妙なところだ。本書の収録作の大半は、一応現実の歴史上の出来事を参照したり実在の人物を登場させたりしていてもそこに小説としての力点がなかったり、結局普通のSF/FTの世界設定と大して変わらなかったりと、戦争ものに代わる改変歴史のアイデンティティみたいなものを提示してくれない(なお作品自体の出来不出来とは無関係)。例外はR・C・ウィルスンくらいだろうか。そういう意味で踏み込みが足りないこと、また作品傾向がスリップストリーム寄りなことなど個人的不満はあるが、それなりに質の揃ったアンソロジーである。

収録作

作品名 作者 ページ数 評価
This Peaceable Land; or, the Unbearable Vision of Harriet Beecher Stowe Robert Charles Wilson 32p ☆☆☆☆
The Goat Variations Jeff VanderMeer 19p ☆☆☆
The Unblinking Eye Stephen Baxter 20p ☆☆★
Csilla's Story Theodora Goss 41p ☆☆☆
Winterborn Liz Williams 14p ☆☆
Donovan Sent Us Gene Wolfe 19p ☆☆☆
The Holy City and Em's Reptile Farm Greg van Eekhout 19p
The Receivers Alastair Reynolds 24p ☆☆☆
A Family History Paul Park 17p
Dog-Eared Paperback of My Life Lucius Shepard 91p ☆☆★
Nine Alternate Alternate Histories Benjamin Rosenbaum 5p

一部紹介

  • 'This Peaceable Land; or, the Unbearable Vision of Harriet Beecher Stowe' by Robert Charles Wilson

南北戦争の起こらなかった19世紀後半のアメリカ。北部在住の写真家の主人公は黒人ジャーナリストのパーシーに同行し、南部の僻地へ向かう。かつて科学的農法の発達は奴隷制の経済的メリットを失わせ、奴隷制をなし崩し的に崩壊させたが、残されたのは職も技能もない数百万人の黒人だった。そんな彼らを受け入れたのは人里離れた場所に作られた「自由宿舎」と呼ばれる共同体だった。それから数十年歴史から姿を消していた「自由宿舎」を2人はようやく探し当てるが…。

    • 先にこのアンソロジーが戦争ものばかりの改変歴史小説シーンに対する異議申し立てとして編まれたと書いたけれど、本作は編者たちの意図を最も良く汲んだ回答と言える。戦争が起きなかった状況を書いてみたというだけでなく、そこに経済的原因をもちこむことで、それがもたらす別の帰結、ある意味戦争よりおぞましい状況を冷徹に描く。そこには現代の難民問題なんかも二重写しになってくるだろう。改変歴史がある歴史上の出来事が起きる/起きない以上の深みに迫れることを示した、本書でもずば抜けてスマートな作品。
    • ローカス誌2009年6月号のインタビューによると、ウィルスンは新作長編"Julian Comstock"の執筆に際して19世紀の小説を大量に読み込んでいたそうで、本作にもその知見が生かされているという。確かに奴隷解放をめぐる当時の思想潮流が色々出てくるのだけど、なにしろこっちが疎いので常識なのかマニアックなのかすら見分けが付かない。いずれにせよリーダビリティの高さは文句なしである。
  • 'The Receivers' by Alastair Reynolds

第一次大戦が十数年にわたり長引いている戦火のイギリス。英軍医療部隊の主人公は英仏海峡沿岸に配属され、かつて作曲家だったという老救急隊員のレイフと組むことになる。パトロール中に爆撃を受けたある音響探知台に向かった2人は、そこでレイフの旧友ジョージと出会う。毒ガスの恐れがあるため一刻も早く避難するよう呼びかけるが、ジョージはなぜかなかなか動こうとしない。

    • クラシックの作曲家を扱ったり登場したりするSFというのも色々あるとは思うが、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズとジョージ・バターワース(誰よ?)が登場するのは本作くらいではないか。長期化する戦争の中で身体的にも社会的にも作曲の道を諦めざるを得なかった2人の老人が、別の宇宙から響く自分の音楽に慰めを見出すという話。ファンタジイ味が強いのだが、ヴォーン=ウィリアムズをメインに持ってくるセンスとか、消えゆく音響探知台(コンクリ製パラボラアンテナみたいなもので、30年代に電波レーダーが登場するまで使われた)への哀愁とかが真にツボなのでここに取り上げる次第。
    • 著者紹介によればレナルズはヴォーン=ウィリアムズやその同時代の作曲家への思い入れからこの作品を書いたそうだが、なんというかまったく似合わない。グロも少女も出てこない短編をレナルズが書くというのも不思議だが(←ひどい)、これも100万ポンドの作家の余裕というやつだろうか。
  • 'Dog-Eared Paperback of My Life' by Lucius Shepard

主人公の作家はAmazonで自分と同名の作家の小説に心をひかれ購入してみる。だがそれを読んでいくうちに、それが違う人生を生きたもう1人の自分によるものだと確信する。自分名義でその本を出すことを考える主人公だが、そのためにはもう1人の自分になりきることが必要だという強迫観念に囚われ、その小説に出てくるカンボジアでの川下りを決意する。
カンボジアに着いた彼は小説の主人公同様に行きずりの女性を連れながら旅を続けていき、やがて自分の周囲の環境が絶えず変化していることに気付く。この現象もまた隣り合った宇宙が常に何かしら入れ替わり続けているという小説中の理論に対応していた。そして彼はついに小説のクライマックスであるギョリュウバイの森に踏み込んでいく。

    • 作家が自分の同名の作家をAmazonで見つけてとか絶妙な導入だと思うが、そこからアジア行、放蕩とドラッグ、マジック・リアリズムと進んでいくと、もう改変歴史とか関係なくていつものシェパードという感じになってくる。今回作家が主人公ということもあってか、どことなく自作のセルフ・パロディ的な性格も帯びている。テーマはどこかに行ってしまったが、後半の隣り合った宇宙との入れ替わりが加速していくところなんか結構面白く感じた。
    • しかし極私的な感想を述べるなら、アジアの混沌の中で自分の内なる闇に気付く〜みたいな「地獄の黙示録ごっこ」小説を今書くというのはどうなのだろうか。何も第三世界をSF/FTで扱うのに、ジェフ・ライマンやバチガルピのようなアプローチの方が優れているという訳ではないけれど、どうもシェパードのアジア観にしろ小説内での扱いにしろ白々しさを感じてしまうのだった。