"The Dragon of Pripyat" by Karl Schroeder

最近は寝ても覚めても福島第一原発の話題一色という感じなので、不安を紛らわせる意味であえて原子力をテーマにしたSFを読んでみようと思いました。とはいえ21世紀に入って10年以上経とうといういまSFで原子力でもないだろうということなのか、あまり見かけない感もあります。最近の記憶ではダン・シモンズのノヴェラ「炎のミューズ」*1で主人公の乗っている船が原子力駆動、というところがスペースオペラなのに原子力なのかと印象に残っていたのですが今調べたら正確には核融合でした。核融合は実用化されてないからSF的にもアリなのか……?

それはともかく今回は前世紀に一歩戻ってカール・シュレーダーの短編"The Dragon of Pripyat"(1999)を読んでみました。タイトルにあるプリピャチは旧ソ連の都市でチェルノブイリの近郊にあったため現在は無人の都市となっている場所。すなわちチェルノブイリ原発を舞台にした作品です。


The Engine of Recall

The Engine of Recall

ゲナディ・マリアノフはフリーランスの調査員。ネットで知り合ったハッカーのリサと組んで数々の仕事をこなしてきた。今回の依頼人はチェルノブイリ管理組合で、何者からか原子炉の石棺を破壊するという脅迫を受けているため現地に潜入して脅迫者の正体を突き止めてほしいという。ガイガーカウンター片手にプリピャチに乗り込んだゲネディは街中を探索し、そこで出会った奇妙な老人から管理組合のある職員が出入りしていたこと、そしてそれ以来現れる「竜」の話を聞かされる。
例の職員を管理組合に密告したことで事件は一件落着かと思われた。しかしゲナディはプリピャチの無人の世界を思い出すたび、なぜか強く惹かれる自分を発見する。そんな折、ふたたび管理組合から呼び出しがかかる。石棺の中に爆発物が仕掛けられている可能性があり、RPV(遠隔操作車両)を使って石棺の中を調査しなければならない。だがリサの情報によれば事前に向かったヘリが撃墜されたという。石棺で待ち受ける「竜」とははたして……?

原発を標的にした脅迫と単身乗り込んで立ち向かう主人公というストーリーはどちらかといえばテクノスリラーやアクション物の範疇に属するのかもしれませんが、犯人の正体や「竜」をめぐる謎のあたりがSF的興趣をそそるところでしょう(かといえばそうでもない)。

本作の主人公ゲナディは以前本ブログで取り上げたアンソロジー Engineering Infinity 収録の短編"Laika's Ghost"にも登場していて、そちらを先に読んでいたので今回ゲネディの性格の違いに結構驚きました。"Laika's Ghost"のゲナディはいかにも現場派のスペシャリストという感じなのですが、"The Dragon〜"では人付き合いが下手でむしろネット充しているという設定なのですね。そんなゲナディがプリピャチに行き衛星リンクでネット環境を整えたら、あれ案外これ俺の理想の世界じゃね?という誘惑に駆られてしまい、それが犯人のある側面と共振することで物語が中盤以降展開していく……という風になっており、ネットの登場で形成された引きこもり的な性格とチェルノブイリを結びつけたのが面白い着眼点だと思いました。作中のネットの描き方は感覚インターフェイスとか出てきてサイバーパンクの昔を偲ばせつつ、インターネットでのやり取りやテレプレゼンスといった基本的には現実の延長路線です。

で、やはり気になるのがチェルノブイリの扱いなのですが、やべえ線量高いみたいなことを言いつつゲナディは結構そこらじゅう歩き回っていて、放射能恐怖みたいなものは前景化されない。代わりに先述したような無人の世界、誰も近づかず、むしろ目を向けない不可視の世界として描かれている。これはカナダ人シュレーダーチェルノブイリを書いた結果なわけですが、今後福島を舞台にしたSFが外国の作家に書かれたりするのか、あるいは日本の作家が描くのか、そのときやはり不可視の世界として描かれるのか、別の描き方があるのか、そういうとめどない想像が不謹慎にも浮かんでしまうのでした。ああ結局最初に戻ってしまった。

*1:2007年、邦訳はSFマガジン2010年1月号