Life on Mars edited by Jonathan Strahan

Life on Mars: Tales from the New Frontier

Life on Mars: Tales from the New Frontier

このブログの読者には今更解説の必要もない現代SF屈指のアンソロジスト、ジョナサン・ストラーンによるヤングアダルト向けSF書き下ろしアンソロジー。ストラーンによるYA向けのアンソロジーとしては2008年に出た The Starry Rift があり、これが第2弾となる。ちなみに The Starry Rift は執筆陣の異常な豪華さ(イーガン、バクスターマクドナルドのコアSF組からゲイマン、フォード、リンクのファンタジイ組まで)もさることながら、作品のレベルもストラーンの数々の書き下ろしアンソロジーの中でも Eclipse Two あたりと並んで一、二を争う高水準なので、この本の紹介などはうっちゃって入手することをお薦めする。

さて前作 The Starry Rift はノンテーマのアンソロジーだったのだが、本作は表題のとおり火星をテーマにしたアンソロジーである。火星は何といっても古今のSFの舞台であり、想像力の源泉となってきた場所だ。私も火星SFというだけでご飯三杯はいける口である。前作のレベルの高さもあり、大いに期待して読み始めたのだった。が。

収録作

作品名 作者 評価
Attlee and the Long Walk Kage Baker ☆☆★
The Old Man and the Martian Sea Alastair Reynolds ☆☆☆
Wahala Nnedi Okorafor ☆★
On Chryse Plain Stephen Baxter ☆☆☆
First Principle Nancy Kress -
Martian Chronicles Cory Doctorow -
Goodnight Moons Ellen Klages ☆☆★
The Taste of Promises Rachel Swirsky ☆☆☆
Digging Ian McDonald ☆☆☆☆
LARP on Mars Chris Roberson ☆☆★
Martian Heart John Barnes ☆☆★
Discovering Life Kim Stanley Robinson ☆☆
  • "Attlee and the Long Walk" by Kage Baker

一度は植民したもののカタストロフによって文明基盤の大部分を失ってしまった未来の火星。残された人々はコミューン的な社会を作り、乏しい資源を分割しあって生きていた。父親を亡くした少女アトリーは貧しい家庭に閉塞感を抱きながら、子供達のグループの掟に従い「遠征」に出向く。

    • のっけからなかなか期待値ダダ下がりの一篇。試される大地・火星に住む少女が通過儀礼を経て未来に希望を見出しちゃったりする話で、教条的なくらいのYA作品。火星は背景以上のものでないけれど、赤い土砂を含む嵐を「ストロベリー」と呼んだり、子供がみんな巨大化したゴキブリと戦うためにハンマーを持参しているといったユーモアのあるディティールはこの作家らしいところ。
    • 先日物故した著者ベイカーにはお世辞にもいい感触を持てないままなのが悔やまれる。とはいえ本編のようにまだまだストックがいっぱいあってしばらく死後出版も続くようだ。
  • "The Old Man and the Martian Sea" by Alastair Reynolds

テラフォーミングの進んだ火星。仲の良かった姉が家を出て以来、家族と折り合いの悪いユキミはふとした思いつきで飛行船に密航する。しかし飛行船は思っていたコースを外れ、古い巨大なテラフォーミングマシンに着陸する。そこには一人働く老人がいた。

    • 思わせぶりなタイトルはさておき、視点はあくまで子供だが語られるのは火星のテラフォーミングの歴史とその中で生きていた人間の思いというスケール感のある話なのがいい。可も不可もない安定のレナルズクオリティ。
    • しかしユキミっていかにも日本的な名前なんだけど、姉の名前がシリン(Shirin)となってるんだよね。中国系と混同しているのか?謎。
  • "Wahala" by Nnedi Okorafor

核汚染によって奇妙な能力を持った人々の生まれる地球。主人公は両親へのあてつけで単身サハラ砂漠を渡っているが、その途中火星からかつての入植者の子孫が帰ってきて、砂漠に着陸するというニュースが流れる。思いつきで帰還船を見つけた主人公はそこで別の少年と出会う。

    • 著者のYA作品 Zahrah the Windseeker や The Shadow Speaker 等の同じ設定の短編。自意識の強く攻撃的な少女の一人称はちょっと目新しいが、ストーリーが壮絶に御都合主義なのがいただけない。火星が出てこないのはまだしも(いいのか?)、宇宙人の扱いがあまりに粗雑すぎる。
    • 著者の覚え書きによると本作品は映画「第9地区」に描かれたアルジェリア人(猫缶であこぎな商売したり主人公の腕切り落として食おうとしたり)に対する怒りのオマージュという思いがあったらしい。それはそれでいい話だが、かといってアルジェリア人を妙にヨイショした話書かれてもな。
  • "On Chryse Plain" by Stephen Baxter

飛行自転車でサイクリングに出ていた二人の少年は、大気圏ダイビングに失敗した地球人の少女に巻き込まれて遭難してしまう。当てもない荒原に投げ出された三人が唯一見つけた目印らしきものは、遠い昔人類が最初に人類が火星に送り込んだ探査機だった。

    • YAというよりジュヴナイルというのがぴったり来る一篇。道具立ても展開もどこか見慣れた感はあるけれど、なかなかどうしてワクワクさせてくれる。子供達の会話のテンポもこの著者とは思えないほど(失礼)よかった。そしてクリュセ平原ときたらもうこれしかないだろ!みたいな決め技。参りました。
    • そういえば主人公の少年の一人の許嫁が「ヒロエ」という名前なのだけど(作中には登場せず)、バクスターでヒロエとくればやはり菅浩江が念頭にあったのだろうか。
  • "Goodnight Moons" by Ellen Klages

宇宙を目指した少女はやがて宇宙飛行士となり火星へと旅立つ。しかしミッションのさなか、偶然にも妊娠していることが発覚する。ミッションの成功のため子供を諦めようとする彼女を止めたのは、地上からの多くの声だった。

    • ほろ苦さと希望の入り交じった短編。特に何も言うことなし。
  • "The Taste of Promises" by Rachel Swirsky

肉体は死んでもコンピュータの中に意識が残るという特殊な体質の弟を持った主人公。両親の悩みを耳にするうちに弟に肉体を取り戻させようという使命感にかられ、兄弟二人は旅立つ。しかし旅の途中食物を盗もうとして捕まった町では、やはりコンピュータに意識を移した少女がその能力を生かして町の人々の守り神となっていた。

    • SFとしては月並みなガジェットながら、他の作品があまりに火星以外のSF的設定を出さないので何となく本アンソロジー中では比較的SFっぽい作品。ストーリーも少年漫画っぽく、当たり障りなく面白い。
  • "Digging" by Ian McDonald

火星の薄い大気内で生存可能な環境を作り出す方法。それは火星の地表から直線距離で30kmまで地表を掘り抜き、地球なみの気圧を作り出すというものだった。かくして人々は今日も火星を掘り続ける。

    • そんなテラフォーミングあり?という一点において本アンソロジー中唯一の独創的なSFアイデアを展開してみせた作品。一応主人公はいるのだが、そんなものはそっちのけで火星の地表に掘られた広大な人工のクレーターとその周囲の町の奇妙な伝統と文化を滔々と語るあたりいつものマクドナルド節。
    • えーしかし本当にこれ可能なのだろうか。やはり計算しないとダメか……。
  • "LARP on Mars" by Chris Roberson

仲良し三人組は久しぶりの地上で大はしゃぎ。雰囲気のある洞窟を見つけてお気に入りのライブRPGを始めたところ、洞窟には先客がいた。古い古い大昔の死体が。

    • 火星でも男子は男子だなあ……という話。モバイル機器とかARとかと組み合わせた未来のライブRPGは結構面白そうな印象。
  • "Martian Heart" by John Barnes

地球からほとんど流刑囚同然で火星に送り込まれた浮浪児のカップルは、山師として一財産あてることで強制労働から免れる。しかしその後の採掘はうまくいかず、しかも彼女は火星の難病にかかっていた。

    • 老境にさしかかった男が昔話として語るという形式以外は特筆すべきところなし。
  • "Discovering Life" by Kim Stanley Robinson

火星から採取した岩石に付着していたバクテリアをめぐる、火星を目指した一人の科学者の葛藤。

    • 他の作品とずいぶん色合いが違うなと思ったら、これだけロビンスンの短編集 The Martians (2000)からの再録だそうだ。しかしYAでもないのになぜ……そうか、Life on Mars=火星の生命=火星のバクテリアの話というオチか!(えええ)

総括

全体として、前作から比べるとかなり残念な出来だった。一つには「火星の生活」というテーマに囚われたせいか、どれもこれも世界設定が似たり寄ったり(火星は荒涼としていて、人は少なく、資源は乏しく、生活はつましく等々)であまりに芸がないこと。もう一つはYA向けを意識したせいか大部分が主人公が少年少女であること(そしてその視点から語られること)で、世界を見る視線が内向き過ぎること。正直SFってわざわざ付けなくても良いんじゃないかと思ったくらい。
ノンテーマのアンソロジーに自由度で勝てないのはともかく、火星のイメージが画一的なのが本当に残念である。水の惑星アクア、くらいはっちゃけたほうがかえって届くものもあると思うのだけど。