SFセミナー合宿企画発表メモ

5/4に行われたSFセミナーの合宿企画で「ジャパネスクSF探訪」という企画を発表してきました。実際の発表についてはあまりの至らなさに切腹を考えましたが、せっかくなので発表メモというかほぼ原稿を載せておきたいと思います。実際の発表では結局読み上げなかったので、細部に違いはあるかと思います。



 本日は「ジャパネスクSF探訪」の部屋にお集まりいただきありがとうございます。本日の司会進行を務める鳴庭です。よろしくお願いします。私はSFマガジン誌で数ヶ月に一度マガジンズ・レビュウという英米圏のSF雑誌からめぼしい作品を集めて紹介する記事を担当しています。そういう仕事からわかるかと思いますが、主に現代・同時代のSFやファンタジイの紹介が興味の対象です。本日の企画もそういった観点から主に近年の未訳の作品を取り扱うことになるので、『スターシップと俳句』の話なら何時間でもできる! とかそういうのを期待されていらした方はごめんなさい、今日はそういうのはないです。
 さて最近の作品を紹介すると一口にいってもあまりに茫洋としすぎているので、今日は一つ切り口を用意してきました。企画名にもあります「ジャパネスク」、直訳すると「日本趣味」といった感じですが、ここではもう少し広く取って、日本や日本的なものを取り扱った作品という意味合いです。海外SF紹介者としての基本的な立場からすると、そういった日本っぽいものが出てくるのをことさらに強調することはあまり好きではないんですね。ネタとして扱うことで本来紹介すべき要点を見失っている気がするわけです。ただ私も一人の読者としてはそういう日本ネタ、特に微妙な勘違いの入ったトンチキな日本が出てくるのは大好きなわけで、今回は夜の企画ということであえてややネタ寄りな路線で話したいと思います。
 またご存じの方もいらっしゃると思いますが、近年Haikasoruというアメリカの出版レーベルから日本SFが英訳出版されており、日本と英米圏SFの関係がダイナミックになってきているんですね。来週発売されるThe Future Is Japaneseというアンソロジーでは円城塔飛浩隆という日本作家の英訳に加えて英米の作家が日本を題材にした作品も寄せています。これが翻訳されるかはわかりませんけど、今回の企画はこの事前紹介という面も兼ねてこのアンソロジーに寄稿している作家、後でご紹介しますがエカテリーナ・セディアやデイヴィッド・モールズの作品にも触れるつもりです。
The Future is Japanese

The Future is Japanese

 ともあれ、いいかげん本題に入りましょう。まず小手調べとして、日本の歴史や神話伝承に題材をとった作品をご紹介したいと思います。日本を題材にした幻想譚を集めたアンソロジーJapanese Dreamsというのがありまして、ここから特に神話方面を取り上げた短編をご紹介したいと思います。
Japanese Dreams

Japanese Dreams

 エカテリーナ・セディアの短編「満ち干」"Ebb and Flow"は有名な海幸彦・山幸彦の神話を海幸彦の妻になった海神の娘・豊玉姫の視点から描いた小説です。火遠理命(ほおりのみこと)こと海幸彦がある日、兄山幸彦と仕事を取り替えたところ、兄の釣り針をなくしてしまい、それ以来兄と絶縁状態になってしまいます。失意の海幸彦は老翁のすすめで海中の綿津見神(わたつみのかみ)の宮殿に赴き、豊玉姫を妻にめとります。やがて針が見つかり故郷へもどると、自分の領地を横取りしていた兄を潮満玉でこらしめて……ストーリーはほぼ古事記日本書紀に載っている神話の通りで、外国の作家が書いていなかったら日本むかしばなしかと思ってしまいます。ここまで原典に忠実でなくてもと思いますが、向こうの読者にとっては話自体が目新しいという判断でしょうか。セディアという作家はロシア系アメリカ人の作家でスチームパンク風のファンタジイなどで知られており、また例のThe Future is Japaneseの寄稿作家の一人です。今度はどういう形で日本を表現するのかが期待のしどころですね。
 一方、ユージイ・フォスターの短編「わが母の涙、わが父の甲羅」"The Tears of My Mother, The Shell of My Father"はもう少し時代の下った鎌倉時代ごろのお話で、主人公の少年は身よりがなく神社に預けられています。ある日浜辺で遊んでいると、ヘイケガニの甲羅の顔が語りかけてきます。曰く、自分はおまえの父親であり仇に殺された。おまえは息子として山にいる母親を慰めに行き、父の仇を討たなければならぬと。少年が育ての親の神主にこのことを話すと、神主は彼が平資盛の息子、平親真だと教えます。自分の生まれを知った少年は母を探して、愛猫とともに山に向かっていくと、そこで母親の幽霊に出会い……。平親真というのは実在の人物で、織田家の祖先といわれていますが、最近の研究では否定されているそうです。特定の神話や史実に基づくものではないですが、そうした要素を組み合わせた創作民話みたいな話です。セディアもそうですが、外国人が民俗学を調べた結果としてはなかなかよく調べていると感心しますが、われわれにとってはよく見知った話なので面白さは今一つですね。ちょっと面白かったのが登場人物が主人公を「Chikazane-kun」と「くん」付けで読んでいるところですね。こういう敬称が時代によって変化するということはなかなか文献だけからはわからないのでしょうか。
 ちなみにこの路線で最近興味深かったものとして、90年代SF傑作選などに載っている作家エスター・M・フリーズナーのヤングアダルト作品がありまして……
Spirit's Princess (Princesses of Myth)

Spirit's Princess (Princesses of Myth)

わかりますでしょうか。これ、卑弥呼です。まさかの邪馬台国もの。フリーズナーが最近書いている、トロヤ戦争のヘレナやクレオパトラを主人公にした世界のお姫様シリーズの一つです。ちょっと中を見てみましたが、卑弥呼以外の登場人物の名前が「あき」とか「しょういち」とか現代風なのが気になりますね。創作と謳っているから別にいいんですが。

 さて次に、普通のSFの中に日本的な事物がなぜか混じっているというパターンです。非西洋的な要素を入れることでエキゾチシズムを醸しだして小説世界の異化をねらっているわけで、ある意味ジャパネスクという言い方に一番当てはまる例でしょう。日本的なものが出てくるだけの作品であればそれこそ星の数ほどあり、一例を挙げれば今度新☆ハヤカワ・SF・シリーズで刊行が予定されているハンヌ・ライアニエミという新人作家の『量子怪盗』という作品。この作品にはタイトルの通り怪盗とそれに対抗する探偵が登場するのですが、この探偵役の青年イジドア君は建築科の学生で、平安京の研究をしていまう。なぜ平安京かというのは作中では触れられておらず、たぶん作者が思いついちゃったのでしょう。こういう細かい例ばかり取り上げるのもあれなので、ここでは知日家というか日本通の作家による日本がクローズアップされている作品を紹介しましょう。

Deadstock

Deadstock

 まずジェフリイ・トーマス。イギリスの作家で、どちらかと言えばホラー方面で活躍している作家です。彼の代表作はPunktownという、ある植民惑星にある近未来都市とスラムの混じり合った都市を舞台にしたシリーズです。そこには人間もいるし、多種多様な異星人もいるし、時々邪神も現れる。サイバーパンクっぽい背景を設定しながら、何でもありの世界です。今日持ってきた長編Deadstockは主人公の軍隊上がりの私立探偵ジェレミー・スタークが、フクダという大手バイオ企業の支配人から、娘のユキのなくし物の捜索を依頼されます。植民惑星の女子高生の間では「カワイイ=ペット」というバイオぬいぐるみのようなものが流行っており、フクダは娘のために世界に一匹しかいない「カワイイ=ペット」を作らせたのですが、それが失踪してしまったわけです。本編のストーリーはさておき、この小説の前半ではまだ30前後の探偵が、コケティッシュで小悪魔的な女子高生にイニシアチブを握られてどぎまぎするというシーンが多々あり、21世紀のジャパネスクに日本の女子高生というのもあるのかなと思わされます。トーマスは日本に住んだことこそないようですが親日派で、弐瓶勉の「BLAME!」を絶賛していたりします。
 それからやや飛び道具的になりますが、非英語圏からもひとつ。
Sky City

Sky City

こちらはデンマークSFの年間傑作選ですが、この表題作であるマンフレッド・クリスチャンセンの"Sky City"が日本の話です。この世界の東京は上空に巨大空中都市が建造されていて、ナノマシンによって常に上へと伸びています。主人公の探し屋のもとにある日「ツジ セイメイ」という文章と東京へのチケットが同封された謎の依頼が届きます。「ツジ セイメイ」で検索をかけても数百年前にいた陶工の名前とだけしか分からず、ひとまずこの人物の作品を探そうと主人公は東京に出かけます。一応謎にまつわる落ちはあるのですが、全体としては著者の東京旅行の印象記といった感じです。日本人は英語が話せると聞いていたので英語で話しかけたが、まったくはっきりした回答を得られず、そのうち自分の英語が正しいのがどうか不安になってきたり……などという耳の痛いエピソードも出てきたりします。
 ここで真打ちとしてご紹介したいのがデイヴィッド・モールズ。彼は家庭の事情からか東京・アテネテヘランと世界各地をまわりながら育ちました。高校は日本のアメリカンスクールを卒業し、日本文化にも通じています。何しろ俳句を日本語で読むくらいで……

裏町や 疲れたロボは 柿を買う

なんかこう、じわじわきますね。作家としてのモールズは世界中を回った経験を生かした文化的な背景知識の豊かさとスタイリッシュな文体を駆使した作品が魅力的な有望若手です。例えば今回の話とは別の小説ですが、小惑星内にコロニーを作り降着円盤をエネルギー源とする文明というハードSF宇宙なのに、なぜか住民はメソポタミア文化を信仰していて収穫祭になると穀物をマスドライバーで打ち出して神に奉納するとか、そういうアイデアがばしばし出てくる作家なんですね。

Seven Cities of Gold

Seven Cities of Gold

 そのモールズの中篇「黄金の七都市」Seven Cities of Goldは一種の改変歴史小説。かつてスペインがムスリム勢力の手に落ちた際、カトリックの七人の僧が残ったキリスト教徒を率いて新大陸アンティリアに移住し、やがて七つの都市を建設しキリスト教の拠点とします。やがて遅れて入植を始めたムスリム勢力との間で泥沼の宗教紛争が勃発。仏教国の日本は救援省という機関を設立し、この戦争に対する人道的介入を行いますが、やがてキリスト教過激派の一つが原爆とおぼしき新兵器を入手したという情報が入ります。事態を重くみた救援省はこの過激派のカリスマ指導者である女性ドス・サントスを処理するよう、医師中尉チエ・ナカダを派遣。ナカダは大河アクアマグナ(ミシシッピ川)の上流にあるドス・サントスの本拠地へと向かいますが、実は彼女自身相次ぐ人道的支援の現場で見た光景に蝕まれ、大麻中毒になったような人物でした。虚無的な主人公がカリスマ的宗教者を追って密林に分け入っていくという「地獄の黙示録」風のストーリーですが、そこで日本人が物語の中心になるのが面白いところ。主人公の陥っている精神的危機、他人を救うために自分を省みない心の病を「すくいだおれ」という造語で表現していますが、こういうネーミングセンス一つとっても日本に対するこだわりがみられます。ルーシャス・シェパードの文学性とブルース・スターリングのにぎにぎしさを合体させたようなこの小説、ジャパネスクを別にしても注目の価値ありです。この作家も例のThe Future is JapaneseにChitai Heiki Koronbinというロボット小説?で参加しています。
 続いてはイギリスのSF作家ジョン・ミーニイ。松濤館空手の有段者というこの作家も日本的なアイテムを登場させずにはいられないようです。
Absorption (Ragnarok 1)

Absorption (Ragnarok 1)

最新作の〈ラグナロク〉三部作は大まかに分類すればスペースオペラですが、ケレン味の強い英国産ニュースペースオペラの中でも異彩を放っています。まず舞台となるのは西暦27世紀の惑星ファルガー。超光速飛行を可能にする空間ミュー・スペースの発見によって人類は別星系へと広がりますが、この空間を航行できるのはパイロットと呼ばれる特殊な能力者だけでした。主人公ロジャー・ブラックストーンもまたパイロットの血筋を引く少年でしたが、父親が特殊なスパイ任務についているため表向きはごく普通の学生として暮らし、上流階級の少女と仲良くなったりしていました。しかしその頃、かつてスナドマリ一族によって封じられた精神ユニットが掘り出されたことで伝説のマインドヴァンパイア、ラファエル・ド・ベガが復活し、ひそかに水面下で活動を始めます。所変わって1920年代のスイス。同郷の科学者アインシュタインに憧れる少女ガヴリエラ・シルベシュタインはチューリヒ工科大学の学生として青春を謳歌していましたが、やがてナチズムの影が忍び寄ってきます。さらに時空を越え、8世紀の北欧。バイキングの青年ウルフルは謎の吟遊詩人の魔性の調べによって惑わされた兄に手をかけたことで一族を追われ、詩人を追う復讐の旅に出ます。そして、この三人は夢の中で100万年後の月面に立ち、銀河を飲み込む黒い影を目撃し、この集まりがそれに対抗するラグナロク評議会であることを知ることになるのです。……どうです、この山田正紀チックなストーリー。ジャパネスクはさておき、面白そうじゃないですか。先ほどスナドマリ一族に触れましたが、この作品の日本風は特に名前に顕著で、スナドマリとかヒガシオンナとか絶妙にはずした感じの名字が色々出てきます。またパイロットの操る宇宙機にセップク・コマンド(自爆)が仕込まれていたり。さらに2巻の20世紀編では登場人物が戦前の日本に行ってしまったりとそこかしこで日本びいきが見られます。
 最後にジャパネスクという観点からは少しずれますが、やや変わった角度から日本を描いている作品をご紹介したいと思います。ユーン・ハー・リーの短編「密室の書」"The Book of Locked Doors"です。リーは韓国系アメリカ人で、祖父母が朝鮮併合時代の韓国にいたり、父親の仕事で38度線にほど近い町に住んでいたりした経験から、戦争や占領をモチーフにした短編を多く書いています。一方で、(アメリカの作家としては)比較的日本の漫画やアニメから影響されている作家でもあります。ウェブジンBeneath Ceaseless Skiesに掲載されたこの短編はメロイという科学技術を基盤とする軍事国家によって故国を占領された主人公のファイヤグがレジスタンスの一員として活動し、やがて離別する顛末を描いています。ファイヤグの故国については半島という形で繰り返し言及されるので、否応なく作家のプロフィールと結びつけたくなってしまいます。一方で面白いことに、同じ号に掲載された著者インタビューによるとこの作品のインスパイア元の一つとしてアニメ・コードギアスを挙げています。ご存じの方もいるかと思いますが、この作品は占領下の日本を舞台にレジスタンス側を主人公として描いている作品なので、朝鮮併合とは日本の立位置が入れ替わっているわけです。作者に日本を強調する意図は必ずしもなかったのでしょうが、はからずも歴史とサブカルチャーの両側から日本を照射した作品なのではないかと思います。