フランス流SF紹介/Jean-Claude Dunyach "Separations"

La Science―fiction フランス流SF入門

La Science―fiction フランス流SF入門

 ステファンヌ・マンフレド『フランス流SF入門』を読んだ。フランスの文学評論家によるSF解説書で、おもにSFに対する一般的な誤解や俗説(SFは子供向けであるとかSFは現実離れした逃避主義的なものであるとか)に対する反論から成っている。200ページほどのコンパクトなサイズにも関わらず、小説に映画、マンガ(バンド・デシネ)と幅広いメディアを扱っており、さらに説明上欠かせないということなのか紙幅の半分以上は英語圏のメディアについて語っている。そういうやや無謀な構成のためか、アメリカSFの歴史や書誌情報に関する部分には間違いもあると聞く。筆者には正誤を判断する能力はないけれど、ざっと読んだ感じの印象でいえばSFを現代の反映という当たり障りのない論旨へ落とし込むことが多いとか、話題が変わるたびに毎回SF史を総ざらえするわずらわしさなどは少し気になった。フランス独自の文脈を中心に語っているわけでもなく、全体として平凡でやや整理の荒いSF入門といったところだと思う。
とはいえやはり21世紀以降のフランスSFについて書かれている日本語の書物というは貴重である。作中で触れた作家の一覧などもついていて、知らない作家の名前がたくさん並んでいるのを見るだけで幸せになるような人はぜひとも入手すべきだ。また日本のマンガの影響についても書かれているので、フランスで攻殻エヴァが読まれている! とかいってミーハーに喜ぶのもありだろう。
さて筆者もあいにくフランス語には暗いためこの本の作家紹介を読んでも指をくわえるしかないのだけど、ありがたいことに英訳されている作家がいるので、今回はそれを紹介したい。ブラック・コート・プレスという普段は18〜19世紀のSFや大衆小説といった骨董品をせっせと英訳している出版社があるが、そこがなぜか珍しく出している現代フランスSF。それがジャン=クロード・ドゥニャックの作品である。*1
ドゥニャックは1957年生まれ。応用数学の博士号を持ち、エアバス社のエンジニアとして働くかたわら80年代からSFを執筆している。その作風についてジェイムズ・モロウは編者を務めたユーロSFのアンソロジーThe SFWA European Hall of Fameの解説で、政治的・社会学的テーマを好む他のフランスSF作家と違いハードSFを志向しているというようなことを書いている。英語の「Hard SF」という語もやや含みのある言葉なので日本語のそれと同一視するわけにはいかないが、アイデア重視の作家くらいは言ってもいいだろう。

The SFWA European Hall of Fame: Sixteen Contemporary Masterpieces of Science Fiction from the Continent

The SFWA European Hall of Fame: Sixteen Contemporary Masterpieces of Science Fiction from the Continent

なぜか英訳には恵まれ、インターゾーンなどの雑誌に短編が訳載されたのち、先述のブラック・コート・プレスから短編集The Night OrchidとThe Thieves of Silenceの2冊にまとめられている。さらにはフランスSFを概説した文章の英訳などもネットで公開されている。
The Night Orchid: Conan Doyle In Toulouse

The Night Orchid: Conan Doyle In Toulouse

The Thieves of Silence

The Thieves of Silence

短編"Separations"は先述のモロウのアンソロジーに収録され、後にThe Thieves of Silenceに再録された。舞台となるのは宇宙港の酒場。無口な厭人家の老船長バスコームのもとにオールド・アースから来たという舞踏家コントラパントがやってくる。新しい舞踏のイマジネーションの枯渇に悩むコントラパントは、冷凍睡眠した乗客を植民星に運ぶバスコームの船が「踊る」という噂を聞きつけて、金にものを言わせ乗船許可を取り付ける。高慢で露悪的な青年芸術家に辟易しながらもバスコームはいつものように航海を続け、やがて植民星への道であるハーツフェルド特異点へ向かう。
スペースオペラ的な陳腐な道具立てと思わせておきながら、やはりどことなく英語圏SFとツボの置き所が違うと感じさせる。どちらかといえば一方通行な人間関係、無機質な文章、ラストの硬質な幻想などは神林長平の初期短編を思わせなくもない。その意味でも日本の読者にいつか届くといいと思う。

*1:ちなみにファンタジー方面でいえばピエール・ペヴェルというファンタジー作家のThe Cardinal's Bladesなどが英訳されているが詳しくないので子細は省く