かいじゅうになれなかった大人の話

映画「かいじゅうたちのいるところ」を見てきました。恥ずかしながら原作の絵本は読んでいないのですが、何かの予告編で見たときからずっと頭に残っていたので、いつか観に行かないとと思っていたのです。やはり、あのかいじゅうたちのデザインが非常に印象的なせいでしょう。実際に観に行って、それにもまして印象深かったのがかいじゅうたちの破壊力。木は張り倒すわ、巨岩は投げつけるわ、しまいには仲間の腕をもいだりして、「キモかわいい」とか言われるばかりでなく、かいじゅうらしさに溢れてていいなーと思いました。一方でかいじゅうたちの悩みが妙に人間臭いというか、もろ人間関係(かいじゅう関係?)なのには驚きました。原作もこうなんでしょうか?だとすると子供の絵本にしては攻めてますよね…。KWという、一度かいじゅうたちのコミュニティを抜けたのに成り行きでまた居着いてしまったかいじゅうが、関係がこじれてきて「どうして戻ってきたんだろ」とか呟くシーンなどいかにも疲れた大人の風情があります。主人公の少年が最後尻尾まいて逃げていくのも当然だなと思いました。私でも逃げます。

さてかいじゅうが大人のように悩む映画を観ていたら、主人公の方が大人の悩みを抱える話を思い出しました。ダリル・グレゴリイの短編"Unpossible"*1です。以前グレゴリイの長編を紹介したときに年間傑作選に収録された作品を挙げましたが、この時これが抜けていたんですよね。なぜかというと私がSF脳の人間なので、ハートウェル&クレーマー編のファンタジイ傑作選に入っていたのを見逃していたのでした。その罪滅ぼしというわけでもないですが、「かいじゅうたちのいるところ」と関係する話なので取り上げてみたいと思います。

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主人公は50代の中年男。妻にも息子にも先立たれ、不況のあおりを食らって持ち家も手放さざるを得ず、ほぼ人生のどん底状態。そんな彼が元我が家の屋根裏部屋からこっそり持ち出したのは、子供の頃の自転車に着けていた変速機と方位磁石。しかしただのおもちゃではない。子供の時の彼を何度も彼方の世界に連れて行ってくれたものなのだ。

自動車にむりやり変速機と方位磁石を取り付け、主人公は車を走らせる。自分の居場所もわからなくなるくらい走ったころに、不思議な料金所の開閉バーをぶち抜いて彼方の世界に飛び込んだ主人公は、近くの小屋で出会った老婆に自分の下心――現実の憂さ晴らしにこの世界にやってきたこと――を痛罵される。しかしそれくらいでひるむ主人公ではない。

これは試験だと彼は思った。この女は自分を惑わせ、疑惑と落胆で押しつぶそうとしているのだ。こんな困難には以前も出会ったし、切り抜けてきた。

なにげに攻略済みって感じが漂っているあたりが嫌です。

老婆をやり過ごした主人公はボートに乗って大海原へ乗り出す。そうしてようやく辿り着いた島には、しかし先客がいた。主人公とそう歳の変わらない男は、子供用のオオカミの着ぐるみをむりやり着込んでいた。自分が王様だと言う男から主人公は耳付きフードを奪い、海辺の泥の中でもみ合いになる。疲れきって、自分たちが結局望みの世界に行き着けない事実を自覚した彼らは、路面電車に乗ってどこへともなく去っていく。

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はあ。あらすじを書いただけで倦怠感がにじんでくるようなこの短編ですが、大人が子供の幻想の世界に入っていったら……という話です。作中には「かいじゅうたちのいるところ」と、それから「マイロのふしぎな冒険」*2の世界が出てきます。他にもありそうなんですが、私の知識ではぱっと出てきません。実在の作品を取り込むといういわばメタ的な趣向やあらすじから考えると、かなり皮肉な調子で書かれているような感じを覚えますが、主人公たちにとっては(童話の世界に飛び込むとか子供用の着ぐるみを着るという発想も含めて)どこまでも真剣な行動として描かれています。その分世界から拒絶された時のショックも大きい。

主人公が昔の自分の居場所に立ち戻るというテーマや実在作品の引用は、グレゴリイの小説にたびたび現れます。グレゴリイはインタビュー*3で、SFとは何かを考えるにあたって、かつてのSF少年だった自分にとってSFとは何だったか、今の自分にとってそれはどういうものかを考えると言っていますが、そうした思索がテーマや手法に影響しているのかもしれません。グレゴリイの小説はときに文学SFとか呼ばれたりしますが、実際彼の作品を読んでいるとジョナサン・レセムとかマイケル・シェイボンとかああいった境界文学の作家に見まがうものがあります。そういいながらも、あくまでジャンル小説の土俵で勝負しようとするグレゴリイを頼もしく感じるんですけどね。
ずいぶん当初の話題から離れてしまいましたが、「かいじゅうたちのいるところ」にことづけてグレゴリイの宣伝をしたかった次第です。

*1:アシモフ誌2007年10/11月号収録

*2:ノートン・ジャスター作の児童書。1961年刊行だが、米国ではそれこそ「かいじゅうたち〜」くらい根強い人気を誇る定番の児童書らしい。日本では知名度が今一つ。原題:Phantom Tollbooth

*3:http://www.fantasticreviews.com/gregory_interview.htmなど