読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Planesrunner by Ian McDonald

Planesrunner (Everness)

Planesrunner (Everness)

要約

エヴァレット・シンは現代のロンドンに住む14歳の少年。彼の父親テジェンドラは量子物理学者で、自分の研究をはじめ多くのことを教えてくれた自慢の父親だ。両親の離婚で別々に暮らすようになっても、父親と週に一度会う機会がエヴァレットにとって何よりの楽しみだった。
だがある日、彼の目の前で父親は黒服の男たちに誘拐される。警察はなぜか非協力的で、捜査は早々に打ち切られてしまう。その直後、エヴァレットに父親が誘拐前に出したらしいメールとあるプログラムが届く。父親の同僚コレットに相談したエヴァレットは、テジェンドラの研究チームが平行世界への通行を可能にする装置、ハイゼンベルク・ゲートの開発を極秘裏に成功させたことを知る。ゲートがつながる平行世界はすでにゲートの開発に成功している世界であり、エヴァレットの世界を含めわずか10個。しかし理論的にはその背後に10の80乗個の世界が存在するはずであり、エヴァレットに渡されたプログラムこそあらゆる平行世界の座標を計算する究極のプログラムだという。そしてまた、それこそ父親が誘拐された理由だった。
父親を救い出すため、残りの研究チームと平行世界からの大使たちと接触したエヴァレットは隙をついてゲートを抜け、平行世界E3に飛び込む。そこは石油がなく、蒸気機関の代わりに電気が古くから発達した世界だった。異世界のロンドンで父親を探しさまようエヴァレットは偶然から少女センに出会い、彼女の家であるという飛行船エヴァーネス号にやっかいになることになる。だがE3の全権大使、シャルロット・ヴィリエの追跡の手がひそかに迫っていた。

感想

本作はイアン・マクドナルドによる初のYA作品、〈エヴァーネス〉三部作の第1作。ここ数年、(本書にブラーブを寄せている)コリイ・ドクトロウパオロ・バチガルピなど英米SF作家のヤングアダルト分野への進出というのが話題になっていたものの、現代SFの重鎮マクドナルドが書くとなるとなかなか感慨深いものがある。
正直、最初にマクドナルドがYAを書くと聞いたとき、あまり期待していなかった。YAってどうしても色々な制限のある世界だし、とりわけマクドナルドのような作家の美質ーー華麗な文章とか濃密な世界観とかーーとは一番マッチしないだろうと思っていたからだ。ストーリーにしても現代の少年が父親の発明で別の世界に飛び出していくという、ある意味直球勝負の子供向けSFなわけで、あまり食指が動くものでもない……。
しかし実際に読み始めたところ、案外これがいつものマクドナルドと変わらない。異世界のロンドンの下町を活写する筆の乗りなんか、これがティーン向けといわれると(私が)泣きたいくらいである。飛行船乗りたちのあいだで交わされるイタリア語などが混じったスラングなども極めて凝っている(巻末に用語集がついている!)。文章の密度は普段と大差ないと思う。それでいて主人公がスマホタブレットPCを駆使するシーンとか、平行世界に行ってまっさきに気づくのが服装の違いだとか、そういう現代の10代の少年の目線というのが作品に取り込まれていて、今までのマクドナルド作品にない新鮮な感じがした。これは意外といけてるのではないか?
が、しかし読了して思うのはやっぱりYAなのかなということだった。この作品の視点は三人称だが、基本的には主人公の視点に寄り添っているが、これがどうも窮屈に感じられる。それで改めて気付かされたのが、これまでのマクドナルド作品の語りの多様性。最近の作品が複数主人公を採用しているというのもあるけれど、それ以外にもある時は歴史書の一ページだったり、TVニュースの一コマだったり、そういう視点がくるくる切り替わるのが小説の楽しさなわけで、そこからすると本作はやや味気ない。また、最初から三部作を予定しているせいなのだろうが、展開がスロースターター過ぎる。ページ数に比しても、作中時間に比しても物語が大して進まない。こう感じるのには主人公の少年が頭がよすぎるせいもあるのだと思う。科学(SF)的な説明とか、家族にまつわるテーマとか、主人公の思考の中で処理されてしまって作中現実でのダイナミズムがない。
そういうわけで、YA作品として、あるいは初めてマクドナルド作品に触れる読者にとっては全然ありなのかと思うが、訓練されたマクドナルド読者にとってはいささか物足りない作品であり、あまりお勧めできない。
私は基本的には三部作は最後まで読んでみないと評価できない派の人間だけど、今回については徒労感が大きくて、続刊は読まないかもしれない。次から傑作になったという場合は歯ぎしりするので、誰か教えてください。次巻 Be My Enemy は2012年9月刊行予定。