Masked edited by Lou Anders

Masked

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ここ数年、というか00年代の半ばくらいからスーパーヒーローものをSF/FTジャンル小説の界隈でちらほら見かけるようになった。映画でもアメコミ原作のものが最近は相当作られているようだし、「ダークナイト」とか「キック・アス」とか評価の高い作品もある。これはもしやヒーローものの時代が来たんじゃろうか……と色気が出てきたところで手に取ったのがルー・アンダーズ編のスーパーヒーローものアンソロジー Masked。目次を見ると聞いたこともない作家*1が並んでてどんなものかと思ったが、まあバクスターとかマクドナルドとかSF的にそこそこ名の知れた作家もいるし、何よりダリル・グレゴリイがいるからには読まねばなるまいぞ、と読み始めたのだった。

収録作

作品名 作者 評価 コメント
Cleansed and Set in Gold Matthew Sturges ☆☆☆ 死んだ仲間の肉を食って戦う能力を持つヒーローの物語。自分の能力のおぞましさとそれでも戦わねばならないという葛藤の具合が丁寧に書かれていていいが、基本殴り合ってるだけの話(そりゃそうだ)。表題はヘロドトスの『歴史』に出てくる食人の風習を持つイッセドニア人にまつわる一節らしい。
Where Their Worm Dieth Not James Maxey ☆☆☆★ 復讐者として悪に挑んだ主人公がふと敵も味方も無限に甦り戦い続けるヒーロー宇宙に絶望する物語。自分に関係する人間がどんどん巻き込まれて死んでいき、自分もだんだん修羅道に墜ちていくような「ダークナイト」的な暗い展開がいい。表題は聖書のマルコによる福音書9章44節「地獄では蛆がつきず……」にちなむらしい。一つ前のもそうだけどこのレベルの教養が求められているのか。ギャフン。
Secret Identity Paul Cornell ☆☆☆★ 魔法の守護者に変身して街を守るクリスには悩みがあった。彼はゲイなのに変身するとストレートな性癖になってしまうのだ。女ヴィランには誘惑されるし相方とは別れる寸前だし一体どうすれば……?魔法マッチョものというのも面白いが、変身して肉体が変化すると思考様式も変化するというSF的なひねりが非常に面白い。最後の解決方法は少しあっさりすぎ。
The Non-Event Mike Carey ロックジョー一味は完璧な強盗計画を立てる。その切り札となるのがノン・イヴェントだった。正直いって一切面白くない。
Avatar Mike Baron ☆☆ 武術を学んだ少年がヒーローの真似をしてスラムに殴り込みをかける物語。「キック・アス」の主人公に実際戦う力があったらどうなるかという話とも読めるが、どちらにしろろくなことにはならない。
Message from the Bubblegum Factory Daryl Gregory ☆☆☆ 元ヒーローチームの一員がヒーローVSヴィランという対立構造に疑問を抱き、そこから抜け出そうと画策する。メタフィクション的な感触もあるが、著者はインタビューで否定している(はず)*2。確かに作中内の事実だけから導き出せるし、そもそも主人公のエディが父親に背いた背景にも人間関係の綾があり……とグレゴリイらしい複雑な仕込みがあるがいかんせん短すぎるのであまり点を上げられない。
Thug Gail Simone ☆☆ 知的発達障害の主人公がヴィランになりかける話。障害者を演出するのにアルジャーノン風の文章を採用するのは正直うんざり。ところでコミックのライターに女性もいたんですね、と当たり前のことにはじめて思い至った。
Vacuum Lad Stephen Baxter ☆☆☆☆ ある事故から真空中で活動できる能力を持つことに気付いた青年が宇宙開発時代にヒーローとして活躍していく物語。いやあバクスターは何を書いてもバクスターでした。主人公のクマムシ的能力の描写と特訓シーンも楽しいが、最後に明かされるSF的展望が素晴らしい。
A Knight of Ghosts and Shadows Chris Roberson ☆☆ 平穏な日常に憧れながらも異次元からの侵略者に脅かされる街を守る夜の騎士。40年代とか中南米の街とか舞台設定が色々面白いんだけど、本筋に生かされているようには思えないのだった。
Head Cases Peter David & Kathleen David ヒーローの夫の愚痴をブログに書く主婦。ヒーローの恋人の注意を引きたくて銀行強盗とかしちゃうヴィランの姉ちゃん。こんな気の抜けた日常的コメディ&サタイアには虫酸が走る。
Downfall Joseph Mallozzi - -
By My Works You Shall Know Me Mark Chadbourn ☆☆☆ 瀕死の重傷を負った富豪が改造手術によって甦り、それまでの罪滅ぼしのため新たに得た力を使い悪と戦う。話もオチも月並みながら、量子ホニャララのアイデアは面白いのでもう少し念入りに描写してほしかった。
Call Her Savage Marjorie M. Liu ☆☆ 独立戦争の英雄が同盟国である清朝中国を救うため、敵地に乗り込む。著者が中国系だからか、中国が舞台になったスチームパンク風の世界観。細部は面白くなくもないが(水晶髑髏の力でパワーアップ!とか)、なんかテーマと違くない?という気がする。この設定で普通に長編書けばいいのでは。
Tonight We Fly Ian McDonald 北アイルランドの政治情勢下でくすぶった老後生活を送る元ヒーローの物語。最近のマクドナルドの作風にすっかり慣れていたが、そういえば「帝国の夢」なんてのも書いていた人でした。現実とサブカルチャーを重ね合わせる作品というのも今となってはちょい色褪せて感じる。
A to Z in the Ultimate Big Company Superhero Universe(Villains Too) Bill Willingham ☆☆☆ ある街を舞台に繰り広げられるヒーローとヴィランの総力戦。ただただ「オレの考えた超COOLなヒーローorヴィラン」を書きまくった話。アンソロジーのテーマに真っ向挑んだ意味では偉い。でもそれで出てきたのがこれかいみたいな感じもあり……。色々キャラクター出して賑やかで世界観も広がっているわりには結局どこまでいってもアメコミ宇宙の中で騒いでいるだけなのだなと思ってしまうのだった。

総括

小説、それも短編でオリジナルヒーローものは難しい。
というかなんというかライトノベルでいう異能バトルみたいなものをもっと期待してたのに何か違うなという、アメリカと日本の邪気眼は違うのだろうか。あ、むしろヒーローものでなしに「ワイルド・カード」を読むべきだったのか!

【おまけ】ヒーロー・ヴィラン紹介

名前 分類 登場作品 備考
デイヴィッド・コールフィールド ヒーロー Cleansed and Set in Gold 死んだヒーローの肉を食べることでその能力を一定時間獲得する能力を持つ。
ラッセル・ヴァーレーン ヒーロー Cleansed and Set in Gold デイヴィッドの親友で不死身の肉体とDNAさえ見透かす超能力を持つ最強のヒーローだったが、グール・キングに殺される。
キャプテン・セイレム ヒーロー Cleansed and Set in Gold 「ヒーロー同盟」の議長。中年太りしているがそのパンチは鋼鉄の板をも打ち抜く。
ケイト・フロスト ヒーロー Cleansed and Set in Gold 目から光線を放つ能力を持つが、肉体は常人並み。
グール・キング ヴィラン Cleansed and Set in Gold 72世紀から送り込まれてきた怪物。巨大で強靱な肉体を持ち、グール軍団を率いてヒーロー同盟を襲う。
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リテリエイター ヒーロー Where Their Worm Dieth Not 殺された父の復讐を誓い悪に戦いを挑んだ男。28世紀から送られてきた強化心臓と正邪を見抜く冷静な知性が武器。
アトマホーク ヒーロー Where Their Worm Dieth Not 原子力をまとったアパッチ族の巨漢で、リテリエイターの親友。
ウィットネス ヒーロー Where Their Worm Dieth Not 12歳の少年の幽霊。霊的なネットワークを渡って偵察任務をこなす。
シー・デヴィル ヒーロー Where Their Worm Dieth Not メソポタミアで悪魔に呪いを受け、永遠に邪悪な魂を罰する宿命を持つ五千歳の魔女。ヒーローたちを集め「ロー・レギオン」を組織した。
ニューバル ヒーロー Where Their Worm Dieth Not リテリエイターの戦友にして妻。脳に銃弾を受け、植物人間状態にある。
プライム・ムーヴァー ヴィラン Where Their Worm Dieth Not 悪の首魁。シー・デヴィルから盗んだ神の時計の力で様々な能力を操る。
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マンチェスター・ガーディアン ヒーロー Secret Identity マンチェスターを守る魔法のヒーロー。変身の呪文が18世紀に作られたため、変身後の性格も当時基準になる。
トップ・ハット ヴィラン Secret Identity 魔法の帽子の力で時空を操るヴィラン
ホワイト・キャンドル ヴィラン Secret Identity 美術品を狙う魔法の怪盗。ガーディアンに色香で迫る。
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ロックジョー ヴィラン The Non-Event 錠前と会話のできる能力を持ち、甘い言葉を囁いてガードをゆるくすることができる。
ハイパーリンク ヴィラン The Non-Event テレポーテーション能力を持つ小悪党。
パースペクティブ ヴィラン The Non-Event 物体を縮める能力を持つ。
ティン・オブ・リン・ティン・スキン ヴィラン The Non-Event 自分の体を重くする能力を持つ。
ノン・イヴェント ヴィラン The Non-Event ヒーローやヴィランの能力をはじめ様々な物質の機能を打ち消す能力を持つ。本人の心理が極限状態にならないと発揮されない。
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タガー ヒーロー? Avatar 16歳の武術を学んだ少年が変装した姿。
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エディー・キング ヒーロー Message from the Bubblegum Factory ソリトン&プロテクターズ」のマスコット的存在だったが、ヒーローVSヴィランという世界の構造に疑問を持ち、養父であるソリトンに反旗を翻す。
ウォーヘッド ヒーロー Message from the Bubblegum Factory 原子力を操るヒーロー。敵に操られて暴走し、シカゴを200万人の人間とともに消し去った罪でアントヒル刑務所に収容されている。
レディ・ジャスティス ヒーロー Message from the Bubblegum Factory 炎の剣を持つヒーロー。ヴィランを殺した罪でやはりアントヒル刑務所に収容されている。
ガゼル ヒーロー Message from the Bubblegum Factory 俊足を誇るヒーロー。「新生プロテクターズ」の一員でソリトンの現在の恋人。
ソリトン ヒーロー Message from the Bubblegum Factory 遠い星から来た男。ヒーローたちの代表格としてヴィランに戦いを挑むが、ヒーローもヴィランも彼の出現後から発生しはじめたとエディーは疑っている。
サイバーイエティ ヴィラン Message from the Bubblegum Factory 遺伝的に改変されたテナガザルと人間とLinuxのハイブリッド体であり、アップグレードにより強化されていく。現バージョンは8.0。
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サグ ヴィラン? Thug 知的発達障害の巨人。少年院でできた友人に誘われ犯罪の道に手を染める。
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バキューム・ラッド ヒーロー Vacuum Lad 中東の貧困層出身の青年。事故により真空中でも活動可能という自分の能力に目覚める。
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ザ・レイス ヒーロー A Knight of Ghosts and Shadows 白い髑髏の仮面をつけたヒーロー。ユカタン半島の魔術師たちに異界からの侵略者と戦う力を授けられ、幽体化の能力を持つ。
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ノクス ヒーロー By My Works You Shall Know Me 量子精神を組み込まれたことで常人を凌駕するパターン認識や肉体の制御能力を手に入れたヒーロー。日中には活動できない。
スティクス ヴィラン By My Works You Shall Know Me 暗黒街の支配者。つねにノクスの裏をかく狡猾さを持つ。
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ナミド・マクナマラ ヒーロー Call Her Savage 元アメリカ軍元帥。冒険家だった父の手で水晶髑髏の力を浴び、怪物的な力を得る。
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キャプテン・ミラクル ヒーロー Tonight We Fly 北アイルランド在住のヒーロー。かつては数々の人を救ったが、政治情勢や社会道徳の変化に伴い今では愚痴の多い一老人となっている。
ドクター・ナイトシェイド ヴィラン Tonight We Fly かつてはキャプテン・ミラクルの天敵だったが、今では色々落ち目である。
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