2016/5/8~5/14 SF情報

近刊情報

ウィリアム・ギブスンがほめたことで人気になったとかいうテクノスリラー。

書評

今週発売のティドハーの新作レビューが多かった。既存の短篇をまとめて小説にしたのか。意識していた過去作品のうち、シマックは意外といえば意外。スミスは割と分かる。『完璧な夏の日』にヴォマクト博士も出てきたし。

TOC

年間傑作選も知らない作家がいっぱいだわ。ファンタジィ方面は特に。

賞関連

その他記事

ソーラーパンクは名前だけは聞くがまともな作品の形でまだ見たことがない。

GithubのAwesomeシリーズにSFが!

RedditのSFスレから『星を継ぐもの』、ハードSF、ループものなど。

ゲームの出てくる小説選。この手の奴にエンダーを入れるのはいい加減やめろ。

2016/5/1~5/7 SF情報

SF情報サイトSF Signalが更新停止してしまった。2003年から続いていたということなので、英米SFを読み始めてからこのかたずっとお世話になってきたことになる。今までありがとう。R.I.P.

しかしこうなると、近々のSF情報をざっくり把握する手段がなくなってしまってつらい。代替手段としてしばらく備忘録的にブログに収集したリンクをまとめておく(ブックマークだとまったく見なくなってしまうので)。これもそのうち面倒くさくなると思うが、それはその時また考えよう。

近刊情報

メジャーなところではティドハーの新作SF。新人ではエイダ・パーマーは面白いのだろうか。ジェイ・ポージイがちょい気になる。

書評

マルカ・オールダーのは時節柄というわけでもないだろうがサイバー選挙もの。続編も出るらしい。パーマーは評価は高いがあまり私の必要そうな本ではなさそう。この人はTor.comで水木しげるの追悼記事を書いていたのが印象に残っている。

インタビュー

USJの作者の人が好きなファンタシースターはオンラインじゃないやつ?

賞関連

その他記事

Kickstarterのやつはまだ参加してなかったので。

Ghost Fleet by P.W.Singer and August Cole

Ghost Fleet: A Novel of the Next World War

Ghost Fleet: A Novel of the Next World War

P・W・シンガーといえば大量の資料を用いて現代の戦争の諸問題をクローズアップした『戦争請負会社』や『ロボット兵士の戦争』といった名ノンフィクションで知られる人物である。その彼が今度は小説を、それも近未来を舞台にした軍事シミュレーション小説を書いたという。現実のミリタリーは門外漢もいいところだが、現代の戦争の第一人者が幻視する近未来の戦争とはどんなものだろうという野次馬根性を抑えられず、ちょっと読んでみたのであったがーー(この記事は読みかけの読書メモである)。

あらすじ

時は近未来。中東での汚い爆弾によるテロが石油の供給不安定を引き起こし、大国間には不穏な空気が漂っていた。中国では旧共産党指導部を新たに台頭した軍産エリートたちが追い落としたことで政権交代が行われたが、国内での燃料需要の増加はアメリカやロシアとの間に緊張を生み、やがてマリアナ海溝に眠る巨大なガス田が発見されたとき、ついに新指導部は一線を越える。

周到に用意されたサイバー空間や宇宙での攻撃は米軍の通信網を破壊し、間を置かず米軍基地への強襲や破壊工作が開始される。マラッカでの海賊掃討の帰途、ハワイ基地に寄港していた沿海域戦闘艦USSコロナドは間一髪破壊を免れたが、艦長は戦死。副長シモンズは艦長代理として炎上する基地を後にコロナドの逃避行を指揮する。

感想

想像以上にド直球の軍事スリラーだった。シモンズという仕事と家庭の間で悩む等身大の人物を中心人物に据えつつ、開戦前後の場面を転々としていかに戦争が多次元的に展開されているかをディティール細かに描いている。トム・クランシー風といわれたら納得してしまいそうな出来映えだ。

しかし戦争の新しい形を描いているとかなんとか、そういう感じは全然しない。いかにも絶体絶命からの逆転劇という筋書きもそうだし、沖縄基地爆撃のくだりでドーリットル空襲の再現だということを作中人物が口にしているが、状況自体がある種太平洋戦争の再現みたいな雰囲気がなきにしもあらず。ドローンも一応登場するが戦局を左右するようなわけではないし。

とはいえ、この作品の値打ちはストーリーラインではなく、現実の国際情勢やテクノロジーにそこそこ基づいたリアルな細部にあるのだろう。実際、ノンフィクション作品同様に作中の状況や兵器には豊富な脚注が添えられている……のだが、これらはその根拠となった資料や記事へのリンクが張ってあるだけだったりする。Kindleで読んでるとURL1つたどるのも大変なので、二言三言でいいから解説文を入れてほしいと切に思う。

あえてSFファンの目から見てみると、大使館員が体内に高感度センサーを埋め込んでパーティーで情報収集を図ったり、ハックしたスマートフォンの各種センサ情報をいくつも重ねて重要施設の内部を浮かび上がらせるとかいったところは、もうすっかりSFだなという感じだ。シンガーには未邦訳のサイバーセキュリティに関する著書があるので、この辺はお手のものだろう。とはいえ想像で書いている部分はやや凡庸さもあり、例えば上海交通大学の少女ハッカーが指輪型デバイスをひらひらさせながら米情報機関のセキュリティを突破するなんてのはあまり現実味を感じない。ドクトロウとかの方がまだ説得力ありそう。

米軍がハワイでボロ負けしたほんの序盤だけ読んだので、この後は表題通り老朽化した予備艦隊(ゴースト・フリート)を率いて中国軍に反撃する熱い展開が続くのだろうけど、正直ディティールを除けば仕事で読んでるミリタリーSFとそう変わらないので、いったんバチガルピを読むのに戻る。気が向いたら続きも読むかも。

年間傑作選が多すぎる

アンソロジーには旬のようなものがあって、出るときにはやたらとまとめて出るようだ。年間SF傑作選もまたしかり。2000年にはガードナー・ドゾワとデイヴィッド・ハートウェルというベテラン編集者による二大体制だったのが00年代にかけてポツポツと増えていき、2005〜2006年には実に5冊も出ていた。2006年は次の5冊。

The Year's Best Science Fiction Twenty-fourth Annual Collection

The Year's Best Science Fiction Twenty-fourth Annual Collection

Year's Best SF 12

Year's Best SF 12

The Best Science Fiction and Fantasy of the Year vol.1

The Best Science Fiction and Fantasy of the Year vol.1

Jonathan Strahan: Best Short Novels 2006

その後、ストラーンのBest Short Novelsシリーズがなくなり、残る4シリーズの体制が10年代まで続いていたが、2012年でハートウェルのシリーズも休止。しかし今年になって突如新顔が3シリーズ同時に現れ、ちょっとした群雄割拠の様相を呈している。

以下は計6シリーズの個人的な観点に基づく紹介である。

ガードナー・ドゾワ The Year's Best Science Fiction

The Year's Best Science Fiction: Thirty-second Annual Collection

The Year's Best Science Fiction: Thirty-second Annual Collection

今年32年目を迎える最長寿シリーズ。名前通りの傑作選というよりは、その年に活躍した作家を俯瞰するように作品をチョイスしている感がある。その年の短篇を総括する長文エッセイが載っていたり、掲載されなかった作品が選外作リストという形で載っていたりで、リファレンス的には重宝する。準公式短篇ガイドブックとでも言おうか。

そういう性質なのでセレクションにそれほど面白味はなく、1年間短篇SF界隈をウオッチしていればだいたい落ち着くところに落ち着いている。とはいえ御年68歳(1947年生)のドゾワがこんな大部のアンソロジーをこれまで毎年編んできたこと自体が一つの驚異といえなくもない。

ジョナサン・ストラーン The Best Science Fiction and Fantasy of the year

BEST SFF VOL. 9

BEST SFF VOL. 9

人気SFアンソロジスト、ストラーンによる傑作選。旬の作家を山ほど集めて超つよいオリジナルアンソロジーを作ることにかけては当代随一の編者だが、年間傑作選に関してはドゾワとやや似た俯瞰的なチョイスになっている。とはいえドゾワに比べて新しめの作家が多かったり、こんな作家もいたかという発見があったりして新鮮。どれか一つ年間傑作選を選ぶならこれだろう。個人的にはファンタジイは分離してほしいのだけど。

リッチ・ホートン The Year's Best Science Fiction & Fantasy

The Year's Best Science Fiction & Fantasy 2015 (Years Best Science Fiction)

The Year's Best Science Fiction & Fantasy 2015 (Years Best Science Fiction)

ローカスの短篇書評で知られるホートンの傑作選。前者2つに比べると、作品自体に焦点を当てたチョイスになっていて、TOC(目次)を見ていてもこんなのが入っているのかという驚きがある。新しめの作家も容赦なく入っているので、青田買いにも有効だろう。

ただローカスの書評を見ている限り、個人的にはホートンと趣味が合いそうにない。2014年版を見ていたらトム・パードムとか入っていて、「なんで21世紀にパードムとか入れてるんだ? ふざけているのか〜!」みたいな気持ちになった。

ジョー・ヒル&ジョン・ジョゼフ・アダムズ The Best American Science Fiction and Fantasy

The Best American Science Fiction and Fantasy 2015

The Best American Science Fiction and Fantasy 2015

ここからが今年始まった3シリーズ。編者のジョー・ヒルは他でもないあのジョー・ヒルである。有名なBest Americanシリーズの1つとして出るものらしい。なぜ2015年になって突然とも思うが、それより何よりやはりヒルである。何が出てくるかまったく予想がつかない。

まあEditorにヒル、Series Editorにアダムズがクレジットされているところを見ると、ヒルは年ごとに変わるゲスト編集者という扱いなのだろうけれど、とりあえず期待である。

ポーラ・グーラン The Year's Best Science Fiction & Fantasy Novellas

The Year's Best Science Fiction & Fantasy Novellas 2015

The Year's Best Science Fiction & Fantasy Novellas 2015

ノヴェラ(中篇)のみによる傑作選。ノヴェラはどうしてもページを喰うので、通常の傑作選には混ぜずにノヴェラのみで1本編んだのだろう。00年代前半にストラーンが作っていたノヴェラの傑作選の復活版といった感じか。

編者のグーランはダークファンタジイやホラーの傑作選をメインでやっている人で、それはまあいいのだが、TOCを見ると今ひとつ食指がひかれないというか……。いや、読んでないのにあれこれ言うのはよくないな。反省。

デイヴィッド・アフシャリラド The Year's Best Military SF & Space Opera

The Year's Best Military SF and Space Opera (BAEN)

The Year's Best Military SF and Space Opera (BAEN)

ありそうでなかったミリタリーSFとスペオペに特化した年間傑作選*1*2。編者は版元ベイン・ブックスの編集者らしい。

どうせベイン・ブックスの作品ばかり載ってるんでしょう、みたいな偏見を抱いていたのだけど、TOCを見る限りそんなこともない感じ。もちろん題材上の偏りはあるのだけど、一つの試みとして続いてほしいと思う。

それにしても、これらの収録作をあわせると重複を除いても優に100編は越えてしまうわけで、傑作という言葉自体がなんだかゲシュタルト崩壊しそうな感じではある。

追記(2015/6/25)

まだこんなのがあった。

The Year's Top Ten Tales of Science Fiction 7 (English Edition)

The Year's Top Ten Tales of Science Fiction 7 (English Edition)

  • 作者: Nina Allan,Elizabeth Bear,Michael Swanwick,Peter Watts,Ellen Klages,Gareth Powell,Robert Reed,Alastair Reynolds,Tom Crosshill
  • 出版社/メーカー: AudioText
  • 発売日: 2015/06/14
  • メディア: Kindle
  • この商品を含むブログを見る

これは元々オーディオブックのために編まれた年間傑作選が電子書籍でも入手できるようになったもので、そのせいか収録作は少なめ。今年はまだ出ていないようだが、同じ編者によるThe Year's Top Short Novelsというノヴェラの傑作選もあるそうだ。

*1:昔ホートンがスペオペの年間傑作選を予定していたのだけど、結局出なかった。

*2:なお、ここでスペースオペラといっているのは「スカイラーク」とか「レンズマン」とかではなく、ハードSFなどのサブテーマを持たない宇宙SF一般を指している。最近はそのような用法の方が一般的で、逆に30〜40年代のSFノリを指すときは"Pulp Adventure"など別の言い方をすると思う。

風雲ヒューゴ—賞2015

作品の中身より受賞歴が前面に出てくるのがイヤなので、普段あまり賞関連の話はしないのだけど、今年のヒューゴー賞についてはやはり触れておかないといけないと思い、遅まきながら概要をまとめてみた。こんなに真面目にヒューゴー賞の情報を追ったのは初めてかもしれない。

何が起こったか

今年のヒューゴ—賞の候補作投票で「サッド・パピーズ」「ラビッド・パピーズ」と称する2つの集団による組織票が多数の部門にわたって行われ、大部分が実際にノミネートされた。

小説4部門に限ってみても、長篇部門では5作中2作*1、ノヴェラ部門で5作中5作、ノヴェレット部門で5作中4作、ショートストーリー部門で5作中5作*2と両パピーズの推薦作が多く含まれている。

その他にも、映像部門、編集者部門、ファンジン部門……と影響は多岐にわたる。組織票の対象となった作品の一覧はこのサイトでまとめられている。

経緯

今回の組織票の首謀者は「サッド・パピーズ」を主導したラリー・コレイアとブラッド・トージャーセン、そして「ラビッド・パピーズ」を主導したヴォックス・デイ(セオドア・ビール)の3人と目されている。

2013年、コレイアは自分のブログで自作が毎年ヒューゴー賞に選ばれないことを切々と訴え、自作への投票を呼びかけた。「サッド・パピーズ」のコンセプトはこの時、サラ・マクラクランが出演する動物愛護のCMに出てくる悲しげな瞳の子犬を引き合いに出したことから生まれたと思われる。最近では作家がヒューゴー賞のノミネーション前に今年上梓した作品をブログに挙げるのは恒例行事と化しているため、この時点では特に不自然なことではなく、ある種の自虐ギャグだったといえる。

しかし明くる2014年、コレイアは「サッド・パピーズ2」と称したキャンペーンを開始する。ワールドコンの予備登録の段階から入念に呼びかけを行い、具体的な推薦作のリストを提示した。この時、デイも自分のブログで協力している。デイは前年、アフリカ系女性作家N・K・ジェミシンへの差別発言で非難を受け、アメリカSFファンタジー作家協会から除名されている

このキャンペーンの結果、コレイアたちは小説4部門中3部門を含むいくつかの部門に推薦作を送り込むことに見事成功する。私も当時長篇部門に入っているコレイアのWarboundを見て、ベイン・ブックス刊行の、それもシリーズものの途中巻が入ってることを不思議に思った覚えがある。この件は大きな議論を呼び、結局本投票では「パピーズ」の推薦作が受賞することはなかった。

そして2015年、コレイアは再び「サッド・パピーズ3」キャンペーンを展開し、一方デイは「ラビッド・パピーズ」という別のキャンペーンを打ち出した。後者の推薦作は前者と被っているものの、デイが編集を務める出版社やアンソロジーからの作品が多々追加されている。

反応

4月4日のノミネーション結果公表以来、この組織票に対する批判の声が挙がっている。例えばジョン・スコルジーは適切な候補がいなければ「受賞作なし」の選択もあると示唆している*3し、G・R・R・マーティンはコレイアとブログで激論を交わした。各種マスメディアでも発表直後から取り上げられている。(一例としてGurdianSalonAtlanticSlateなど)。

こうした注目が集まる背景には、単純に組織票による利益誘導を行ったというだけでなく、露骨な政治的文脈を持ち込んだことがあるだろう。元より差別的思想の持ち主であるデイもさることながら、コレイアやトージャーセンたちも自分たちの陣営を女性やマイノリティ作家に対置させている。彼らに言わせればここ10年間のヒューゴー賞が次第に文芸寄りになったのはSJW(=Social Justice Warrior ポリティカル・コレクトネスを尊重する人々に対する蔑称)が女性やマイノリティ作品を優遇したせいであり、それを本来の優れたエンターテイメントSFを評価するヒューゴー賞に反している、だから自分たちがそれを是正するのだ……という理屈らしい。

スコルジーはこうした一連の反動的な運動を、近年大きな議論を呼んでいる「ゲーマーゲート」的現象と捉えているという*4

今後の動向

ノミネーション発表後、最終投票への参加権を持つ登録者は5月時点で3000人近く増加した。これらの票が「受賞作なし」やパピーズによる候補作以外に集中すれば受賞を阻止することは可能だというが、その3000人がヒューゴー賞の危機に立ち上がった心あるSFファンなのか、パピーズの増援なのかはなんとも分からない。ヒューゴー賞最終投票の発表は8月22日。*5

一方、2年続けて組織票を許した以上、もうヒューゴー賞自体がダメだと言う声もある。しかしそこで投票システムの方をより公正を目指して改良しようと提案するのが、暗号学の泰斗にして近年政治への積極的なコミットで知られるブルース・シュナイアーだ。シュナイアーはトーの編集者ニールセン・ヘイデンのブログを借りてこうした投票システムのアイデア募り、その後その中で暫定案がまとめられたりしている。まだほんの構想の域を出ていないものの、自分たちの賞を自分たちで立て直そうとするSFファンの気概を感じさせる。

*1:当初は3作だったが、そのうちマルコ・クロウスが辞退し、繰り上がりで劉慈欣がノミネートされた。そんな男気あるクロウスの邦訳『宇宙兵志願』はハヤカワ文庫SFで絶賛発売中

*2:これも当初ノミネートされたアニー・ベレットが辞退したが、繰り上がったスティーヴン・ダイアモンドも組織票の対象作だった。

*3:それでいてパピーズ関連の賞をすべて落とすというような対抗キャンペーンには反対しているところも、スコルジーらしいバランス感覚といえる。

*4:「ゲーマーゲート」はゲーム業界における差別や偏見に基づく中傷や脅迫が顕在化したもので、最近ではSWATを気に入らない批評家の元に送りつけるまでにエスカレートしている

*5:会場となるワシントン州スポーカンとの時差は16時間なので、日本では23日と思われる。

ゲームSFに関するメモ

先日、最近の海外SFで「ガンダムビルドファイターズ」のような作品はあるか、と聞かれて考え込んでしまった。ビルドファイターズ――もう放送終了してしまったけど私も好きだった――の肝は、VRみたいな未来的なシステムを使ってガンプラ作り、そしてガンプラバトルの楽しさと喜びを描いたことだろう。そうしたゲームに没頭する快楽を描いた作品というのがぱっと思い浮かばなかったのだった。*1

私の観測範囲はもっぱらジャンルSFなので、ゲームを主題として扱うとしても世界設定との絡みが物語の中心となりがちだ。ゲームへの没入感・一体感は文章表現の問題なので部分的には描かれていることもあるが、ゲームに熱中すること自体を物語の軸として持ってくることは難しいのかもしれない。逆に、もっとポップカルチャー寄りの領域に属する小説なら、もっとゲーマーの心理に寄り添った小説があるのかもしれない。

さて、世界設定の絡みで英米ゲームSFをざっくり分類してみると、3つほどパターンがあるように思える。なおここで扱うゲームSFは主にここ10年くらいの作品で、デジタルゲームを扱ったものに限る。

1番目はゲームが世界とほぼ一体化したパターン。ゲームが社会システムを凌駕していたり、その一部と化していたりして、単なるゲームではなくなっている一種のディストピア的状況だ。『ハンガー・ゲーム』以降ヤングアダルトの一派閥として定着したバトルロイヤル小説などにも通じるものがある。

このパターンの代表作といえば、アーネスト・クラインのReady Player One(2010)だが、今月『ゲームウォーズ』の邦題で翻訳が出るんだそうな。

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(下) (SB文庫)

ゲームウォーズ(下) (SB文庫)

これはまさに世界中の人々が巨大なVRMMOに没頭している世界で、主人公の青年がゲームの創始者が生み出した宝を探しに行く話。非常に人気の高い小説だそうなのだけど、ゲームの話というよりは小説にやたらめったら織り込まれた80年代サブカルチャーネタが受けたとか。

同じパターンでもっと前に出たのが、コナー・コスティックのEpic(2004)。

Epic

Epic

このヤングアダルトSFは生活カツカツの植民星を舞台に対戦ゲームの勝敗で社会的待遇が決められてしまうという設定で、主人公の少年がゲームを勝ち進んでいくという話。ちょっと面白いのが主人公がゲーム内で使うアバターが可愛い女性キャラというところ。少し読み返してみたら、生活がかかっているのでみんな戦闘系パラメータに振っているところで、魅力にガン振りしたら可愛くなったという設定上のフォローが入っていた。著者のコスティックは本業は歴史学者だが、世界初のライブRPG(って何?)をデザインしたとか。

ダイアン・デュエインのOmnitopia(2010)も世界規模のMMOを扱った話だが、これは開発した企業とライバル企業との暗闘という、開発者側の視点に立った作品。

Omnitopia Dawn: Omnitopia #1

Omnitopia Dawn: Omnitopia #1

デュエインは創元でファンタジイなどが翻訳されている作家だが、SFもいけるらしい。ちなみに本作はシリーズものなのだが、次巻がいっこうに出る気配がないという。


2番目のパターンは『エンダーのゲーム』型というか、単なるゲームだと思っていたら現実(の戦い)と関連していて、意図しない結果を招いたり、より大きな出来事に巻き込まれてしまうというパターン。

先に挙げたアーネスト・クラインの今年刊行予定の第2長編Armada(2014)はこちらのパターンで、夢見がちな少年が実は自分の没頭していたゲームが異星人と戦うための技術を磨くものだったと明かされ、本当の戦いに赴く。この紹介記事では、スペースインベーダー風の表紙に加え、映画「スター・ファイター」が比較対象に挙げられている。

T・L・コスタのPlaying Tyler(2013)はもう少しシリアスな方面を目指していて、ADHDに悩まされ家族からも見放された少年が、唯一持ち合わせたゲームの腕前を頼みに空軍に志願するが、やがて自分のプレイしているゲームが無人戦闘機の操縦だったという事実が重くのしかかってくる。割と思いつきそうなネタではあるけれど、現代的な問題と結びつけたのは優れたセンスだと思う。

Playing Tyler (English Edition)

Playing Tyler (English Edition)


3番目のパターンは、ゲームと現実が経済や政治を通じてつながるテクノスリラー風の話のパターン。メジャーな作家がこのパターンで書くケースが多いので、近未来SFとしての特徴を打ち出しやすいのだろう。

チャールズ・ストロスのHalting State(2007)はゲーム内通貨の強盗から始まる一連の事件をスコットランド警察のサイバー犯罪対策課が追う物語。

Halting State

Halting State

この小説、変わったことに二人称で書かれていて、あるレビューでそれが往年のテキスト型アドベンチャーゲームを模しているのではないかと指摘されていた。*2

コリイ・ドクトロウのFor the Win(2010)はゲーム内RMTを使った児童の強制労働・搾取(いわゆるゴールドファーミング)からの解放を扱った作品。出たのは少し前だが、ゲーム内通貨の裁定取引なども出てきて昨今のビットコイン騒動なんかともリンクしそう。

For the Win

For the Win

ニール・スティーヴンスンのReamde(2011)はやはり大人気MMOのゴールドファーミングをめぐり中国人ハッカーやらランサムウェアやらが飛び交う話とか。

Reamde

Reamde

スティーヴンスンはこの後、CLANGというゲームの自主制作に乗り出すのだけど、今調べたら2013年に頓挫してキックスターターの出資者をカンカンにさせていた……。先生何やってんすか、ホンマ。

この他やや変わり種として、ケン・マクラウドのRestoration Game(2010)というMMO内にかつて消滅した東欧の小国家を復活させるという政治方面のアプローチを取ったものもある。

The Restoration Game

The Restoration Game


……とここまで無理矢理3パターンに分類してきたものの、なんだか思ってた以上に無理がある気がしてきた。
MMOを扱った作品に限定しても上記に属さない例として、ウルスラポズナンスキのErebos(2012・英訳)がある。

Erebos

Erebos

これはオーストリアのYA小説で、子供たちの間だけの秘密にされている強力な没入感をもたらすゲームがあり、それを他人にバラすとゲームの世界から追放されてしまう。この話ではゲームはより大きな世界と関わっていかない、逆に子供たちの聖域として扱われているのが独特。
また以前ブログで紹介したイーガンのZendegiなんかだと、MMOをプレイしている部分は作中作みたいに本編と別個の話のように扱われている。

結局ゲームSF1つとっても色々あるよね、という大変締まりのないオチ。

*1:古いのでいえばギブスン&スワンウィックの「ドッグファイト」があるけど、あれは哀しいオチだから……。

*2:しかし、後で同じサイバー警察が主人公の続編(ゲームは出てこない)が出たときもやはり二人称だったので、この説の信憑性は薄くなった。なお元記事は見つからず……。

Ancillary Justice by Ann Leckie

すでに旧聞もいいところだが、『SFが読みたい!2014年版』のコラム「SFで読み解く2013年」に寄稿した。2013年に流行ったものにちなんだSFを紹介するというなかなか無理ゲーな企画で、私の担当は「艦これ」。泡沫提督なりに奮戦したので、興味があればご笑覧ください。

SFが読みたい! 2014年版

SFが読みたい! 2014年版

さて「艦これ」といえば軍艦の擬人化というコンセプトが印象的だが、奇しくも同じ2013年の英米SFシーンでも軍艦が人の姿をとるSFが人気を博した。アン・レッキーのAncillary Justiceである。昨年からウェブで話題になっていたが、今年に入って立て続けに各SF賞(クラーク賞、英国SF協会賞、ディック賞、ネビュラ賞などなど)にノミネートされたことからもその評価の高さがうかがえる。

Ancillary Justice (Imperial Radch)

Ancillary Justice (Imperial Radch)

あらすじ

強大な軍事力を誇る銀河帝国ラドク。その中枢を支えるのは軍艦と脳改造され軍艦のAIによって操られる兵士――属体、そして属体同様に無数の自らの分身を持つ皇帝アナアンダー・ミアナアイの存在だった。だが、近年の皇帝の政策転換、膨張政策の停止や下層民の登用は従来の上流階層に波紋を呼んでいた。
最後の植民地、惑星オルスに赴任したオーン中尉と兵員輸送艦〈トーレンの正義〉は先住民との関係を築くなかで、記録にない大量の武器を発見する。誰が、何の目的で? しかし考える暇もなく先住民間の暴動が発生し、オーン中尉は突然現れた皇帝の命令で不本意な大量虐殺を引き起こしたうえ、任を解かれてしまう。
その19年後、雪に覆われた辺境の惑星ニルトに降り立ったブレク――〈トーレンの正義〉の属体の1人は、千年前に死んだはずのかつての自分の士官、セイヴァーデンと偶然出会う。なりゆきでセイヴァーデンを旅の共にしたブレクはこの星に来た目的を果たしに向かう。ラドクに滅ぼされた文明ガルセドが残した、皇帝ミアナアイを殺すことができる唯一の武器を探しに。

感想

本作はアン・レッキーの第1長編。著者のレッキーはクラリオン・ウェスト・ワークショップの卒業生で、本作発表前から〈サブテラニアン・マガジン〉などに短編を寄稿しており、ホートンの年間SF傑作選に一度収録されたりもしているが、実質的にはほぼ無名の存在だった。本作で一躍有名になったことで、新人作家と間違われてキャンベル新人賞にノミネートしないよう著者自身が呼びかけているのが可笑しい。
そこまで注目を集めた魅力が本作のどこにあるのかといえば、種々のSF的設定を文章表現に落とし込んだ完成度の高さだろう。銀河帝国がどうとかいう設定を見ると一見エンタメ系スペースオペラの類かと思ってしまうが(実際そうでもあるが)、その実イアン・M・バンクスの〈カルチャー〉シリーズなどの系譜に連なる極めてコンセプチュアルなSFなのだ。
たとえば、一番顕著なのが代名詞。本作の舞台となるラドク帝国の文化では性別による言語の差が薄い。それを反映して、本書ではラドク語で交わされた会話の代名詞がすべて"She"で統一されており、登場人物の性別がわからない。人間関係から察することはできるものの、それを裏付ける言及はない。性別の攪乱は従来からジェンダーSFで試みられてきた手法だが、本作にはまた独特の幻惑感がある。また、AIと属体の描写もそうだ。本書は基本的に〈トーレンの正義〉およびブレクの一人称で語られているが、1つの精神が船や属体など複数の肉体を操るという設定を表現するため、同じセンテンスで断りもなく別の視点に切り替わったりする。
そうした表現レベルでの試みに加えて、過去編(惑星オルス)と現在編(惑星ニルト)の2つのプロットが交互に進む構成面での工夫もある。〈トーレンの正義〉とブレクの関係やオーン中尉が巻き込まれた陰謀の正体などパズルのようにちりばめられた謎の数々は2つのプロットを往還するうちに徐々に解き明かされていく。ラッセル・レトスンは〈ローカス〉誌でのレビューで本作を先述のバンクスの代表作の1つ Use of Weapon の構成と比較して評価している。
こうしたやや詰め込みすぎともいうべき試みの数々のせいで、読み始めてから物語世界になじむまでの間はやや困惑させられることも多い。だがその世界観と文章との対応がつかめてくれば、その探求がくせになってくることだろう。
そしてもちろん、スペオペとしてのキャラクターたちの活躍も見逃せない。特にセイヴァーデンの存在は大きい。地位にも家柄にも恵まれた傲慢な上流階級の人間でありながら、千年前の世界から浦島太郎のように現在に流れ着き、一転根無し草の薬物中毒者になってしまう。その彼(彼女?)がブレクとの出会いでどう変わっていくかが本作を貫く柱の一つでもある。

と、ここまでほめちぎりモードで来たが、実のところ個人的にはそこまで高くは評価していない。本作の美点であるコンセプチュアルなところに、逆に小説として堅さを感じてしまう。ここで取り上げなかった偶然と必然とかラドクの文化にちなむ抽象的な議論が繰り返し登場するのだけど、あまり本筋にからまないうえに物語を遅滞させているように思われてならない。また、属体をはじめ興味深いSF設定が色々出てくる割には、細部の甘さや展開の乏しさが感じられてもどかしい。そこはまあ、そういうアイデアの転がし方を求める小説ではないのかもしれないが。
とはいえ、マスターピースとまでは言えないにせよ、昨年を代表するSFにはカウントしていいかもしれない。セイヴァーデンという大変な萌えキャラもいることだし。個人的に印象深かったシーンはニルトの雪原を進むブレクとセイヴァーデンの二人旅で、どこかル=グウィンの『闇の左手』を思い起こさせる。そういえばセイヴァーデン(Seivarden)とエストラーベン(Estraven)はどこかしら字面が似ているような……。
なお本作は(例によって)三部作の第一作で、今年の10月に第二作Ancillary Swordが刊行予定されている。

Ancillary Sword (Imperial Radch)

Ancillary Sword (Imperial Radch)