私選00年代海外SF傑作選を編む(5)

ケン・マクラウド(1954〜)

00年代の代表作

00年代に紹介されたSFの潮流の一つ、ニュー・スペース・オペラ(以下、NSO)。古典的なスペオペのスケールの広大さやアクション重視の娯楽的プロットを、現代SFの複雑さ・情報量の多さと接続した新世代の宇宙SFである。その中心となったのはピーター・F・ハミルトンアレステア・レナルズ、ポール・J・マコーリイなど90年代以降に活躍しはじめた英国のSF作家たちだった。
ケン・マクラウドは90年代後半に発表した〈The Fall Revolution〉四部作、00年代前半の〈Engine of Light〉三部作によって、NSOの代表的作家の一人として認められるようになった。当初から政治的・経済的といった面への考察で注目されており、イギリスSFにおけるブルース・スターリング的なポジションにあったといえる。00年代後半には宇宙SFを離れ、近未来テクノスリラー風の作品を書いているが、依然イギリスSFの中心的存在の一人であることに変わりない。
……とはいいながらストロスのけれん味、レナルズの娯楽性と比べると今一つ売りになりそうな点は乏しく、邦訳が1冊しかないのもその辺が原因なのかもしれない。あえていうならイギリス作家らしい乾いたユーモアとかだろうか。

候補作
  • "The Oort Crowd"(2000) ☆
    • ネイチャー誌2000年7月13日初出、ショートショート
    • ハートウェル編Year's Best SF 6収録
    • オールトの雲で発見された微少知性体、それは人類がはじめて遭遇した自分たち以外の知性だった、というそれだけの話。後の長編 Cosmonaut Keep(2000) のアイデアスケッチといえる。
    • ハートウェル傑作選の編者まえがきにマクラウドが最初は短編を投稿していたがもう送るなと編集部に言われて長編に転向したというエピソードが載っているが、さもありなんという感じ。
  • 「人類戦線」"The Human Front"(2001) ☆☆☆
    • SFマガジン2005年8月号収録
    • 同名の単行本初出、ノヴェラ
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 19th収録
    • 我々とは違う歴史を歩む20世紀の世界。スコットランドの医師の息子ジョンは小さい頃、墜落した奇妙な爆撃機とそのパイロットを目撃する。時は流れ、左翼思想にのめりこみ「人類戦線」のゲリラ兵として戦うジョンはあの奇妙な爆撃機を再び目にすることになる。冷戦がなかった改変戦後史をリアルに考察しつつ、同じリアリズムの水準でUFOや宇宙人みたいな陰謀論ネタを混ぜてくる。この辺が「エクラノプラン! どーん!」みたいな脳天気なストロスと違って真面目な所であり、地味な所でもあり……。
    • この小説からもわかるとおりイデオロギー的には思いっきり左傾のマクラウド。ローカス誌2003年8月号のNSO特集では、NSOを「アメリカの右派のSFが好きなイギリスの左派のSF作家の書いたもの」とねじくれたコメントを寄せている。
  • "A Case of Consilience"(2005) ☆☆
    • アンドリュー・J・ウィルスンほか編アンソロジー Nova Scotia初出、ショートストーリー
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 23rd、ハートウェル編Year's Best SF 11収録
    • 長老派の従軍司祭ドナルドはEUの宇宙前線基地で異種知性の作ったゲートの向こうから来た菌類知性と遭遇する。化学物質によるコミュニケーションを観察するうちに、この生物にも原罪の意識があると確信したドナルドは何とかして布教を試みようとするのだが……。主人公の目的が布教というのが若干珍しいのを除けば平凡なファーストコンタクトもの。ジェイムズ・ブリッシュの古典『悪魔の星』(原題:A Case of Conscience)のパロディらしいが、残念ながら元ネタ未読。
    • そしてここでもステージツリー登場。ストロスといい、そんなにニーヴンが好きなのか。
  • "The Highway Men"(2006) ☆☆☆
    • 同名の単行本初出、ノヴェレット
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 24th収録
    • EUと中国が戦争中の近未来。気候変動により寒冷化しつつあるスコットランドで、道路保守員のジェイスは仲間とともにケーブル敷設作業で各地を回っている。そんな折、ジェイスはヒッチハイクで乗せた女の子を探して山中に自給自足のコミュニティを発見する。現在より政治的・環境的に悪化した近未来が舞台ながら、皮肉っぽく軽いノリの作品。このノリはストロスから学んだのではと思ったり。
  • "Jesus Christ, Reanimator"(2007) ☆★
    • ルー・アンダーズ編アンソロジーFast Forward 1初出、ショートストーリー
    • ストラーン編The Best Science Fiction and Fantasy vol.2、ホートン編Science Fiction:The Best of the Year 2008収録
    • 突如現代に再来したイエス・キリスト。人々の目の前で死者を蘇らせ、空を浮遊してみせる。だが彼はこの2000年間、異星人に連れられ別の星に行っていたというのだった。電波過ぎて各宗教から相手にされないキリストと彼を取材する記者の話。ブログを書いているというくだりで、立川在住のキリストを思い出した。
    • タイトルはもちろん「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」のもじりなのだが、特に内容にラヴクラフトが関わっているわけではない。というか、マクラウドの短編のタイトルはパロディばかりやね。
  • 「ウルフ359なんか怖くない」"Who's Afraid of Wolf 359?"(2007) ☆☆☆★
    • ドゾワ&ストラーン編アンソロジーNew Space Opera初出、ショートストーリー
    • ハートウェル編Year'S Best SF 13収録
    • 謝って月の要人の愛人に手を出した主人公は莫大な借金と引き替えに社会実験の失敗した星系、ウルフ359の後片付けに向かう。だがそこでは生き残った人類がゼロから文明を再建していた。この事実を報告すれば、何世紀と固定的だったポストヒューマン社会の住民はウルフ359を恐れ抹殺にかかるだろうと読んだ主人公は一計を案じる。ある種NSOによくある設定を、オフビートな語りと痛快なプロットでコンパクトにまとめた佳作。個人的にはティプトリーを彷彿とさせる。
  • "Lighting Out"(2007) ☆☆☆
    • イアン・ウェイツ編アンソロジーdisLocations初出、ショートストーリー
    • ドゾワ編The Year's Best Science Fiction 25th収録
    • 月に住んでいたコンスタンスは星間ビジネスを営む母の薦めで木星軌道の居住区に移住し、そこで出会った青年アンディとともに掘り出し物の売買を始める。しかしある日生身の母が訪ねてきて、今までコンスタンスが通信していたのは自律した意識を持つ彼女のコピーだったと明かす。「ウルフ359なんて怖くない」と同じ宇宙を舞台にした作品。アップロード人類とナノテクの組み合わせであっけなく瓦解するポストヒューマン社会という、レナルズ「銀河北極」などにも通じるNSO共通の不安定な未来を描いているが、ラストには爽快感がある。
結論

作家色という観点からは"Jesus Christ, Reanimator"がこの作家らしい作品だが、小説の出来不出来でいえば「ウルフ359なんて怖くない」か"Lighting Out"を推したい。